米中対立は先鋭化しているようにみえます。世界の普遍的価値である「人権」をウイグルで、それからその前には香港で、中国はやりたい放題です。それでも結局、先進諸国は中国に対して、大した制裁はやっていない、できないといいます。日本経済の分岐点に幾度も立ち会った経済記者が著書『「経済成長」とは何か?日本人の給料が25年上がらない理由』(ワニブックスPLUS新書)で解説します。

変動相場制になると中国経済は崩壊する

■中国を軽視できないアメリカ――ブッシュ時代

 

ブッシュ(子)政権初期に財務長官を務めたポール・オニールという人がいます。彼はペンシルベニア州ピッツバーグのアルミニウムメーカー、アルコアを世界最大のアルミニウム企業へと成長させた功績を買われて、財務長官の指名を受けました。

 

彼は9・11 が起きたときに、北京に行っていました。海南島事件は解決したものの、ブッシュ政権が中国を冷戦後の「戦略的競争相手」として、将来脅威になると指摘したこともあり、米中間では緊張が高まっていました。その緩和のために訪中し、人民大会堂で江沢民や中国政府幹部と会談しています。

 

そのときに話し合ったのは、要するに中国経済は維持しないといけない、成長は大いに結構ということです。アメリカは中国経済発展に協力する用意があり「関与政策」はクリントン政権から継承するというわけです。

 

そのときに問題になったのが為替レートです。アメリカ側には人民元を安くしすぎだという不満がずっとありました。固定相場制のもとで対中貿易赤字が増え続けていたからです。それで人民元安を修正しようとしたのですが、米中間で至った合意は変動相場制には移行しなくていいということでした。

 

このとき「もし変動相場制に移行すれば、中国経済は崩壊するだろう」という話をしています。オニール自身による著作ではありませんが、書類や資料をロン・サスキンドというジャーナリストに提供して書かせた『忠誠の代償』(武井楊一訳 日本経済新聞出版刊)という回顧録があります。同書には生々しい米中間のやりとりが出てきます。

 

結局「そんなに人民元を下げるな。ただし、アメリカは変動相場制を要求したりしない」ということで手を打っているのです。

 

変動相場制にしたらなぜ困るかというと、共産党幹部を含め中国人の大半は人民元を信用していませんから、変動相場になってドルに対する為替レートが動くと、人民元は大量に売られて、暴落するリスクが発生するのです。そうなると激しい資本の海外逃避が起きます。外貨準備がどんどん損なわれていくので、中国経済は崩壊します。

 

中国経済を安定させるのに最も効き目があるのは金融と為替レートです。金融面では資本の流出を制限しないといけません。「勝手に人民元を持ち出すんじゃない。すべて許可が必要だ」ということで、個人は絶対に年間五万ドルを超えて外貨を持ち出せないように規制しています。

 

為替レートでは事実上の固定相場制を維持しています。1997年当時、中国の外国為替当局トップで、のちに中国の中央銀行総裁に就任した周小川という中国きっての為替のプロがいます。この人と話をしたとき、「中国は管理変動相場制にいつでも移行できるのだ」と強調していました。どういうことかというと、「『1ドル=7元』を基準レートに固定しているように見えるが、じつは基準レート中心に日々の変動幅を調整する操作を行える仕組みを用意している」と。

 

だから目指すのは固定制の維持ではなくあくまでも管理変動相場制というわけです。「ミスター・タムラ、我々は固定相場制じゃない、香港ドルのようなペッグ(=釘)制―自国の通貨と特定の外国通貨の為替レートを一定に保つ制度―じゃないんだ」と。

 

香港ドルはペッグ制で、ほんとうにアメリカドルと釘付けにしていて完全な固定相場制です。じつはこれが中国経済の生命線なのですが、それについてはのちほど触れます。

 

ドルと人民元のレートに日々の幅を持たせてより柔軟にしてほしいというのが長年のアメリカの要求ですが、柔軟にするというのはレートの変動幅を広げるということです。

 

それで米中が最終的に手を打ったのが、ブッシュ政権時の2005年7月、人民元の管理変動相場制への移行と通貨バスケット制の導入です。前述した周氏はそれが本来の中国の人民元制度だと言っていたのですが、周氏が人民銀行総裁になってから実現したわけです。

 

管理変動相場制への移行とはどういう意味かというと、基準レートをつくって、それを固定とせず、前日の標準値をそのまま当日の為替取引の基準レートにします。それをもとに上下0.25%ずつの範囲内で変動するようにするということです。こういうカタチで現在に至っています。既述のようにそれまでの基準レートは、共産党が決めていて「これでいけ!」でしたが、それを変えたということです。

 

これでアメリカ側は結構満足してしまった側面があります。じつはブッシュ(父)政権の当時から、財務省が毎年2回、議会に為替政策報告書を提出しています。これに基づき、為替相場の不当操作国を議会が為替操作国と認定します。為替操作国とは協議を行ない通貨の切り上げを要求するのです。

 

その為替操作国に、中国は1994年から認定されていませんでした。2019年になって久しぶりにトランプ政権が指定しましたが、5ヶ月後には、米中経済貿易協定に、通貨の競争的な切り下げを回避するとしたG20のコミットメントを確認する文言が盛り込まれたため、財務省は認定を解除しています。

次ページ「中国は為替操作国とは認定せず」の意味

本連載は田村秀男氏の著書『「経済成長」とは何か?日本人の給料が25年上がらない理由』(ワニブックスPLUS新書)の一部を抜粋し、再編集したものです。

「経済成長」とは何か?日本人の給料が25年上がらない理由

「経済成長」とは何か?日本人の給料が25年上がらない理由

田村 秀男

ワニブックスPLUS新書

給料が増えないのも、「安いニッポン」に成り下がったのも、すべて経済成長を軽視したことが原因です。 物価が上がらない、そして給料も上がらないことにすっかり慣れきってしまった日本人。ところが、世界中の指導者が第一の…

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