一年生議員の角栄は法務政務次官に
■独学で法律の生き字引となる
角栄は高等小学校を卒業して上京するまで、工事現場でトロッコ押しの仕事をしていた。いわゆる土方をしながら、ほぼ独学で英会話や土木工学などを学んで土建会社を起業し、商才を発揮して大儲けした。
トロッコ押し時代の仲間から聞いた「土方というのは一番でかい芸術家だ。パナマ運河で太平洋と大西洋をつないだり、スエズ運河で地中海とインド洋を結んだのも、みな土方だ。土方は、世界の彫刻家だ」という言葉が好きで、よく使っていた。
「小学校卒の首相」をアピールポイントにしていたが、歴代の大物政治家の中でも卓越した頭脳を持っていた。私とのインタビューの中でも、「法律など勉強しようと思えば大学になんか行かなくたってできる」と豪語していた。まさに独学で「法律の生き字引」と言われる存在になっていた。
もうひとつ、角栄が終生大事にしていたのは、少年時代に故郷の小学校の草間道之輔校長から教えられた「人間の脳とは、数多いモーターの集まりである」という言葉だ。今ならコンピュータというところだろう。
「普通に生きていくのなら、そのモーターの中の10個か15個かを回しておけばいいだろう。しかし、この脳中のモーターは努力しさえすれば何百個でも何千個でも回せる。それには勉強することであり、数多く暗記することだ。人間一人ひとりの脳の中には、世界的学者である野口英世になれる力があることを忘れてはならない」
要するに、「人間の潜在能力には限界がなく、努力しさえすれば不可能なことはない」ということだ。現在の若者にはこうした言葉はあまり受けないだろうが、角栄にとって草間は終生の心の師であり、この教えを律儀に実行した。
広辞苑から、英和辞書、漢和辞典、六法全書、そして江戸小唄のようなものまで、角栄にとっては、すべて頭の中のモーターを動かす材料となった。それも、1ページずつ破ってはポケットに入れて暗記し、暗記したらまた次のページを破るというやり方で、片っ端から頭の中に叩き込んでいった。
なかでも六法全書には詳しかった。これは子どものときの吃音症を克服するために、毎朝、野原に出て大きな声で読んでいたからだ。
一年生議員のとき、いつも小脇に六法全書を抱えた角栄の姿が人気になって、当時の首相だった吉田茂が、ある法律について質問したそうだ。吉田は東京帝国大学法学部を出て外務省に入省したエリートであり、小学校しか出ていない角栄をからかったのだろう。
ところが、角栄は動揺もせずにさっと答え、次の質問にも正確に答えた。角栄にとって、六法全書は毎日読んでいる聖書のようなものだから、わけもなかったのだろう。これに感心した吉田は、一年生議員の角栄を法務政務次官に引き立てたと言われている。
後に角栄に勧められて警察官僚から政治家に転身した後藤田正晴は、「田中さんの知っている英単語の数には、僕らはとても敵わなかった」と私に語ったことがある。
田原 総一朗
ジャーナリスト
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