新規開業は難しく、開業後も生存競争にさらされ続ける
次に、制度変更によって、かかりつけ医と専門医に色分けされ、自由に開業することもままならない状況を想定してみましょう。医師は自らの宣言だけでかかりつけ医になれるわけではありません。資格制度なり要件なりが課されるでしょう。資格が得られた場合でも、国民感情からすると「かかりつけ医は国民の自由選択」になるでしょうから、一人でも多くの国民からかかりつけ医として選んでもらわないといけません。その囲い込み競争が激しいものになるのかどうかの予測は大変難しいものです。
本当に大変なのはかかりつけ医制度が普及したあとです。既存クリニックがかかりつけ医になると、新規参入はどうなるのでしょうか。私には既存クリニックの閉院後に新規参入するイメージしかありません。ただし、同じ地域に新規開業が重なると共倒れになるので、何らかの調整機能が働くことになるでしょう。
そして、私が最も懸念しているのはさらにその先です。日本医師会によれば、かかりつけ医とは「何でも相談でき」「最新の医療情報を熟知し」「必要なときには専門医を紹介でき」「身近で頼りになる」医師です。「身近で頼りになる」というあいまいな定義を除き、すべてAIのほうが十分に役割を果たせそうな機能ではないかと感じています。つまり、かかりつけ医としてどこかで開業できたとしても、その後の制度変更によっては危うくなりかねないのです。
開業医が生き残る道はあるのか?
では、開業医はどうやって生き残ればいいのでしょうか。残念ながら、私は決め手となるような答えを持ち合わせていません。しかし、1つの方向性としては、保険診療に頼らないという方法はあり得ます。自院の対象となる疾患や患者さんに訴求するような保険外サービスでイノベーションを起こせた人がブルー・オーシャン(競争のない、きわめて有利な業態。対義語はレッド・オーシャンで、血で血を洗うような競争社会のこと)を泳げます。
専門医としての開業はどうでしょうか。考えるべき点は3つあります。まずは診療内容です。総合診療医・家庭医が対処できる診療や薄利多売の業態は放棄することになります。そのうえで、医者自身の力量、設備投資とその資金力で提供可能な専門医療は何かということを検討する必要があります。
次に、専門的に扱いたい疾患や症候に十分なニーズがあるかどうかです。同じ専門医療を提供する医療機関が適正に配置されているのかも問題になります。病院との競合具合も気にする必要があるでしょう。
そして、最も大きな問題はフリーアクセスではなくなるという点です。かかりつけ医からの紹介が主なルートになると、ホームページで広域から患者さんを集めていた戦略が成立しなくなるかもしれません。開業医のほとんどはB2C(Business to Consumer:消費者向けビジネス)の運営だけを考えてきましたが、かかりつけ医に自院の紹介をアピールするB2B(Business to Business:会社向けビジネス)の活動が必要になるということです。これはそう簡単なことではありません。
たとえば、私は耳鼻科の短期滞在手術を専門として運営しており、ほとんどの患者さんは耳鼻咽喉科クリニックから紹介していただいています。つまり、紹介元の医師も同じ診療科なので手術後の評価を適正にできることから、次の紹介につなげることが可能なのです。一方、かかりつけ医は専門医の治療を正当に評価できない可能性が高いのです。たとえば、近隣に2件、耳鼻咽喉科専門を標榜しているクリニックがある場合、どのように紹介先を選択するのか。不条理な競争を強いられるかもしれません。
ここまで、開業医を取り巻く現状とこれからを見てきました。若干、悲観的ではありますが、今後起こり得る問題はやや厳しく捉えて、その危機に備える姿勢が大切です。