国の住宅性能への政策が、急速に変わろうとしている
高橋:前回は、建築物省エネ法が改正され、戸建住宅にも省エネ基準の適合義務が課されることについて伺いました。一部の自治体では、独自の制度を作って、国の動きに比べて、先行的に取り組んでいますね。
柿沢:そうですね。例えば鳥取県は、「とっとり健康省エネ住宅『NE-ST』」という独自の制度を始めています。HEAT20のG2、G3のレベルというかなりの高断熱住宅の独自基準を設定して、補助金を出すという制度です。今回の建築物省エネ法の改正においても、国の検討会での鳥取県の平井知事のプレゼンテーションって大きかったと思うんですよね。
鳥取県に、なぜそういう独自制度を始めたのかと聞くと、要はそれをやらないと、高断熱を売り物にした大手ハウスメーカーがどんどん入ってきて、地場の工務店の仕事をどんどん奪っていってしまうという危機意識なんですね。だから地場の中小・零細工務店にも高気密・高断熱住宅を建てる技術を身に着けてもらって、それを後押しすることが、産業政策として地域の雇用と産業を守るために必要だったっていうことなんです。
そして、2020年に断熱基準の義務化を先送りしてしまった際には、国交省は「中小・零細工務店は、断熱計算もできなければ、施工もできません。義務化すれば地場の工務店の人たちが付いていけず、大変な事態になります」というのが、できない理由として挙げられていたわけです。ところが、鳥取県ではできているじゃないかと。これは、反対理由をなくしてしまったわけですから、かなり大きかったと思うんです。
田嶋:先ほど、千葉市のLEDの例を引きましたが、国が常にタイミングも含めて正しいことをやっているわけじゃないのは当たり前のことなんです。鳥取県の平井知事のような優秀な人が先陣切って自治体でやってくれたら、それをどんどん紹介して、横展開していく、そういうことが大事だと思うんですよね。だから、勇気ある彼のご判断。それは鳥取の経済を守るために動いたわけだけど、あれがあったから、私は、国により説得力を持って質問できたような気がしますよね。
私も平井さんとお話ししたんですけど、平井さんとしては、自分の県内でお金を回すことと雇用のために、守りの最大の手段としての攻めの営業をトップダウンで始めたということだそうです。そのためには、県内の工務店さんのいわゆるスキルアップのための研修が鍵だそうなんですよ。500人以上が受講済みだと。そこら辺の人づくり、スキルアップですよね。それが自分の地域にお金を残していく、増やしていくっていう最大の近道っていう。なるほどと思いました。他の自治体の首長さんがまだそこまで気付いていらっしゃらないのがもったいないですよね。
国はもちろん、ほかの自治体も、ぜひ鳥取県を一つの目標として、一気にスピードを上げてほしいなっていうふうに思いますね。
建築物省エネ法をめぐる「騒動」は、結果的によかった
高橋:そうですね。鳥取県の制度でいうと、気密性能のC値も性能基準として定められています。国の基準には気密についてはなにも定められていなくて、現在はどんなにすきま風だらけの家ができてもクレームの対象にならないっていう状況に個人的にはすごく違和感を感じています。そんななかで、気密に関して、自治体が独自にそのように定めているのはとても画期的なことだと思っています。
さて、国としてもこれからかなり高い水準に義務化のレベルを引き上げていくということですが、今回、スムースに法改正が進ままなかったことで、民間側の一連の活動もあり、国会議員の各先生方に各方面からの説明がおこなわれたと聞いています。そういう意味では、スムースに進まなかったことが、逆に、多くの国会議員の先生方に、住宅・建築物の性能に関する理解が一気に進み、今後につながりやすくなったということはないでしょうか?
柿沢:私は、今回、建築物省エネ法をめぐる「騒動」が起きて、結果的によかったなと思っています。今国会での法改正実現のために活動された方々が、前真之先生(東京大学准教授)や竹内昌義(建築家・東北芸術工科大学教授)をはじめ、「日本は世界に比べてこんな状況なんですよ。」と、かなりの人数の国会議員に説明してくださり、「そうなのか。全然知らなかった。」と、日本の住宅の断熱・省エネ性能の低さを知らなかった国会議員の皆さんが、今回新たに問題意識を持ってくださったと思います。
その意味でいうと、私たちみたいな長く取り組んできた国会議員以外にも、認識がかなり広がったっていうのは、怪我の功名的に非常によかったなというふうにも思っています。
田嶋:2020年の義務化が流れたときの、あの静かな空気感。あのときは、なにもなかったかのように通り過ぎていって、我々だけががっかりしていたという感じでしたから、隔世の感がありますよね。その間に、やはり温室効果ガス削減目標の引き上げ等もあったので、背景は相当変わったと。だから、今回はそういう意味では、結果的にはこれだけ騒動になって、いろんな人の意識も上ってきてよかったんじゃないかと思います。これからですよね。
田嶋 要
1961年生まれ。東京大学法学部卒業。1991年ペンシルベニア大学ウォートンスクール修了(MBA)。NTT、世界銀行グループ国際金融公社などを経て、2003年11月、衆院千葉1区で初当選の後、7期連続当選。
2010年9月、経済産業大臣政務官に就任。東日本大震災後の2011年6月から3か月間、政府の原子力災害現地対策本部長として福島市に常駐。
現在、衆議院環境委員会野党筆頭理事、地方創生特委員。立憲民主党環境エネルギー調査会会長を務める。
柿沢 未途
1971年ベルギー生れ。江東区立数矢小、麻布中・高、東大法卒。NHK記者として1998長野冬季オリンピック・パラリンピックを取材。2001年より都議2期、2009年より衆院議員5期。現在、衆院国土交通委員会理事。自由民主党。著書「柿沢未途の日本再生」(東川社)で尾崎行雄記念財団ブックオブザイヤー大賞受賞。