住宅の高性能化は、国家の成長戦略として取り組むべき
高橋:最後に、あまりこういう観点からの議論を耳にすることがないのですが、私は住宅の高性能化は、我が国の成長戦略の柱の一つとして位置付けて取り組むべきだはないかと考えています。
著作家の山口周氏は、ビジネスの本質的役割を「社会が抱える問題の解決」だと考えて、横軸に「問題の普遍性」、縦軸に「問題の難易度」のマトリックスに整理した図を示して、概ね、次のように指摘しています。
「事業者は、経済合理性を考え、まず右下の問題の普遍性が高く、問題の難易度の低い領域からビジネスとして取り組んでいく。そして徐々に外側に事業領域を拡大していくが、いずれ経済合理性の限界曲線にぶつかり、市場原理では解決できなくなる。現在の社会は、『物質的不満』が概ね解消されており、まさにこの経済合理性限界曲線にぶつかっており、経済的な成長・拡大の限界に直面している」
私は経済的なことは専門外なので、社会全体がそのような状況に直面しているのかどうかはわかりません。ただ、少なくても、我が国の住宅の性能向上に係る事業領域は、先ほどお二人が指摘された通り経済合理性で解決できる分野であり、図の経済合理性限界曲線の内側にあるわけです。そしてそれはドイツの例を見るまでもなく、非常に巨大なマーケットだと考えています。つまり、我が国に残された巨大な成長戦略分野だと考えています。ただ、あまりそのような視点からの政策の議論は聞こえてきませんし、むしろどちらかというと、性能の低い住宅事業者を保護するベクトルのほうが強い印象を受けています。これからは、成長戦略としての住宅の性能向上という視点も重要ではないかと考えているのですが、いかがでしょうか?
柿沢:それはまったくそのとおりですよね。もっというと、これから生産性を上げることも含めて考えると、いかに一人一人の人間が心地よく暮らし、また自分の能力を発揮できるような環境を整えるかということが重要です。いまや定型的な単純労働よりも人間のクリエイティヴィティが発揮される価値創造こそが経済成長の源になるのですから。寒いのを我慢して暮らしている住宅っていうのは、そもそも人間のクリエイティヴィティが発揮されるような状況を損なっている。最近、「ウェルビーイング」という言葉がよくいわれるようになってきましたけれども。人間の在り方そのものをよくしていく、状況をよくしていくっていうことが、結果的には経済的な成長にもつながっていくと。
そんななか、ものづくりで長時間工場労働することで、世界で富が生み出させる時代ではなくなってきているわけですから、そういう意味では、人の幸せな暮らし方っていうことが、経済成長の基盤にもなるっていうことの、その考え方を持たなきゃいけないと思うんですよね。
ですから、結果的に経済合理性もある、また省エネにより化石燃料輸入で国富の流出も避けることができる、我が国の経済に資する政策なんだと。このプレゼンテーションを業界団体のまだまだ経済成長ということに関して従来型の考え方を持っているような方々に対して、どう打ち出して納得してもらって施策として展開できるかということが、これはまさに政治の役割なんだと思うんです。
政治が、今回の建築物省エネ法みたいに、その意識をどう広めていけるかっていうことなんだと思うんですよね。今回は、民間有識者の方々が政治状況を動かした実例を私たちは目にしたわけですので、そういうご注文をいただければと思います。
「量」から「質」への転換が求められる
田嶋:私は、二つ申し上げたいんですけど、大臣のご答弁のときとも関係するんですが、「衣食住」っていいますよね。基本の3つのなかで、一番金がかかるのが「住」っていうことがあって、家を建てるとか、そういうことに関しては、大臣がいっていたのは、「戦後の焼け野原の状況だな。とにかく量を確保しなきゃいけない」っていうのね。食べるほうと、着の身着のままはなんとかなっても、やっぱり雨風しのげるようなちゃんとしたところに、ということは、まずは量を重視してきた。それは先ほど申し上げた何年かに1回出されている国土交通省の報告書に書いてある。
それを量から質への転換ってことと、資産としてどう高めていくかっていうことが、何年もいわれているんだけど、過去のそういったものを引きずってしまっているので、まだ経済合理性が明らかにあるのに、すごく安普請のものも増えてしまっているっていうのが現実としてあって。だから、われわれとしては非常に説明しやすい部分でもありますよね。住宅の性能向上は、得な話ばかりなのですから。
ということが、この住に関わるところでは、あまり知られておらず、ぽっかり穴が開いているのかなっていう感じがひとつですね。
もうひとつ申し上げたいのは、経済合理性は動くということです。つまり、経済合理性は常に一定じゃなくて、今回のウクライナのような事態で燃料側のコストが上がっちゃうと、経済合理性がかつては成立しなかったものが、これからはめちゃめちゃ経済合理性が出てくるってな、ということがあるわけです。その点は今回のできごとでは、特にいえますよね。おそらく、住宅の性能向上に関する経済合理性は、今後さらに成立しやすい環境になりつつある。だから、その2つの理由で、これからはガンガン発信をしていかないと、まだまだ一部の人しか知られていないかなっていう感じは私も持っています。
藻谷浩介氏が『里山資本主義』というご著書のなかで、自然エネルギーのこと書かれていて、私はそのなかで初めて、中東への支出を減らして、地域でお金を回しましょうっていう考え方を知ったんです。いまはそんなのは民間の金融機関だっていっていますので、ようやくその辺まではきているかなっていう感じですね。
よい暮らし、よい住宅が生む「新たなイノベーション」
柿沢:ちょっと補足で、自説に引き戻して少しお話しさせていただきたいんですけども。いま、例えば、経産省系のいろんな産業政策的の分野で、イノベーションだ、Web3.0だ、DXだなんだいう話で。特にイノベーションをどうやったら日本で起こせるか、スタートアップがどうやって生まれてくるかみたいなことを散々議論しているんですけど。そう考えると、Googleだってそうだし、Appleだってそうだし、特に新しいものを作る部署の方々って、オフィス空間とか、働いている空間って、ものすごいいいとこですよね。ある意味では、クリエイティヴなことをやってくれれば自由にしていていいよ、みたいなことで縛り付けられることもなく、事業をオフィス空間もアメニティ的なところもものすごい充実したキャンパスで働いているわけですよ。
ですから、そういう人たちの居心地のよさをつくることが、結果的にイノベーティヴな新しいものを生み出すことにつながっていくと。そんなに、だから、そういうふうにイノベーション、イノベーションいうんだったら、みんなの暮らしをよくしてあげようよっていうのが一つあるんじゃないかと思うんですよね。
だから、新しい時代の産業構造のなかで日本がなにかメシの種をつくり出す、その基盤にいい住宅っていうのがあるんだっていうことをうまくきちっと落とし込むことができると。しかも、さっきいったように、いいことずくめで、なおかつ地域でおカネが回るということにもなると。これ、国家百年の計として、大事な柱の一つになるんじゃないかなっていう気がしています。
高橋:おっしゃるとおりですね。アフターコロナでも、リモートワークはある程度残っていくと思われますよね。ですから、家が働く場になってきているので、知的生産性の向上という観点からも、住宅の環境整備を押し進めるというのは重要だと思います。
田嶋:業務と住宅ってありますけどね。業務ってこういうビルはだいたい大企業がつくるんですけど、住宅ってそうでもないものだから。むしろ、中小、小規模事業者対策っていう意味でも大事ですね。
だからこそ、なかなかそういうことが広まっていかないと動きが遅いかなと。今回、そういう意味では、オフィスや、自分の家で働く人が電気代とか燃料費の高騰で、すごく実感している人も多いことと思います。
高橋:今回は、とても内容の濃いお話をお伺いすることができました。長時間に渡りありがとうございました。