(※写真はイメージです/PIXTA)

糖尿病の発症リスクを減らすためには、内臓脂肪を溜めないようにすることが重要です。今回は、内臓脂肪を溜めないようにする方法として、最近話題になっている「糖質制限」について見ていくことにしましょう。もともとは糖尿病の治療として提案された方法ですが、糖尿病リスクの低減やダイエット効果もあるとして、ネット上や書籍でもたびたび見かけるようになりました。しかし「白米や小麦を摂ってはいけない」といった極端な情報もあり、糖尿病のない人が行うにあたっては注意が必要です。※本稿は、小西統合医療内科院長・小西康弘医師並びに株式会社イームス代表取締役社長・藤井祐介氏との共同執筆によるものです。

糖質制限に対する「見当違いな批判」

このような「糖質制限」に対しては、今も批判的な意見がたくさんあります。では、どのような批判があるのかをざっと見ていきましょう。

 

(1)ケトン体悪玉論

私たちの身体は、糖質を燃焼させてエネルギー源としています。糖尿病の患者さんでも、エネルギーを作るためには糖質を摂らないといけないとされてきました。これが、摂取する全カロリーの60%とされてきた理由です。

 

しかし、私たちのエネルギー産生システムはよくできていて、燃やす糖質がなくなると脂肪を燃やすことができるようになってきます。糖質を燃やすのが主力エンジンで、脂質を燃やすのは補助エンジンのような位置付けです。普段、糖質を摂っている場合は、この補助エンジンは休んでいますが、糖質がなくなると補助エンジンが働き始めるのです。このときにケトン体という物質ができます。身体にケトン体ができている状態を「ケトーシス」と言います。

 

これまでの医学の常識では、ケトン体が出てくるということは身体が飢餓状態にあることを意味し、血液を酸化させ「ケトアシドーシス」という状態を作ると考えられてきました。糖尿病の患者さんが血糖のコントロールが悪くなると、ケトン体が大量に発生して、この「ケトアシドーシス」を起こし、場合によっては命に関わることがあるのです。10〜20年前までの医学教育ではこのようにケトン体は悪玉であると教育されてきました。

 

しかし、その後の研究から糖質を制限して起こる程度の「生理的ケトーシス」の状態は「ケトアシドーシス」とはまったく異なり、むしろ、身体にとってはいいことさえある状態であると分かってきたのです。

 

糖質制限を批判する人の中には、この事実を知らないで、昔に教育された古い知識でケトン体悪玉論、ケトン体即飢餓状態論を唱えている人が少なからずいます。

 

(2)間違った糖質制限による副作用や弊害

糖質制限と炭水化物制限との違いを理解しないで、素人判断で炭水化物制限を行う人がいます。この場合、食物繊維までも制限してしまうため、便秘になり、長期的には腸内環境が悪化し、体調を崩す可能性があります。これは糖質制限の副作用ではなく、理解不足が原因です。よく理解した指導医のもとで正しい糖質制限を行い、食物繊維をきちんと摂れば便秘にはなりません。

 

ただ、食物繊維を多く含む根菜類には同時に糖質も含まれるため、どの程度の根菜類を摂れば血糖コントロールがうまくいくのかについては、指導医のもとで個別に対応する必要があります。

 

また、糖質制限によりカロリー欠乏が起こって、体調を崩したり低血糖を起こしたりする人がいます。糖質制限ではむしろ、カロリー不足にならないように、タンパク質や脂質をしっかりと摂るように指導されます。低血糖症を起こすのは、急激に糖質を減らしたことが原因です。糖質制限でカロリー不足になったり低血糖症を起こしたりするのは、やり方に問題があるということです。

 

そのことを理解しないで、糖質制限自体が悪いのだと批判する人がいます。

 

(3)「穏やかな糖質制限」と「厳格な炭水化物制限」とを区別していない

主食の糖質だけを制限するのを「穏やかな糖質制限」と言いました。これに対して、食物繊維まで含めて炭水化物を厳格に制限しようという方法があります。これを本稿では「厳格な炭水化物制限」と言うことにします。

 

「厳格な炭水化物制限」では1日の炭水化物の摂取量を20g程度に制限しようとします。当然、野菜や穀物まで制限します。どうしてそこまで炭水化物を制限するのかというと、穏やかな糖質制限だけだと十分に血糖コントロールができない場合があるからです。また、それほど厳密に制限しないと、先に述べた「生理的ケトーシス」の状態にまですることができないからです。補助エンジンを働かせるためには、生理的なケトーシスの状態にしてやらないといけません。

 

ケトーシスはこれまでは飢餓状態で起こってくると考えられてきましたが、最近では、脂質が燃えてできるケトン体が糖質よりもクリーンなエネルギーであるという認識が広まっています。糖質をミトコンドリアでエネルギーに変えるときには必ず活性酸素が発生します。しかし、脂質を燃やしてケトン体ができるときには活性酸素が発生しないというのが「厳密な炭水化物制限」を推奨する人たちの主張です。この化学反応はβ酸化と言います。確かにこうしてできたケトン体には、有害どころかアンチエイジングの作用もあるという報告があります。

 

しかし、脂質が燃やされてエネルギーに変換される過程でできるアセチルCoAという物質は、同時に主力エンジンの燃料にもなるので、まったく活性酸素ができないということではないのです。主力エンジンと補助エンジンとは密接に関連しており、まったく別のものとして考えることはできません。

 

厳格な炭水化物制限を推奨する医師は、このケトン体によるアンチエイジング作用を期待していますが、ヒトにおいては分かっていないことも多く、今後の研究の進展を見守る必要があります。

 

糖尿病がある場合は、「穏やかな糖質制限」だけではコントロールがつかず、ある程度「厳格な炭水化物制限」が必要になる場合もあるでしょう。しかし、それはあくまで治療としての炭水化物制限の範疇です。厳格な炭水化物制限を推奨している人たちの主張には確かに耳を傾けるべき内容もありますが、糖尿病があるわけでもない健康な人たちの間にまで「厳格な炭水化物制限」が一種のブームみたいになって、雑誌や本に取り上げられる現象については、私はその妥当性に疑問を持っています。

 

しかし、だからといって「穏やかな糖質制限」と「厳格な炭水化物制限」を区別せずに、すべて「糖質制限」という名のもとに批判するのは正しいとは言えません。どちらについての議論なのかを区別する必要があります。批判する人の中にはこの違いを理解していない人もいます。

 

糖質制限に対する批判は、上記のような的外れな内容がおおよそ8割を占めると思います。これらの批判を展開する人の中には、医者も多くいます。一般の世界でも同じですが、自分がこれまで正しいと信じてきた内容が否定されると、感情的に反発する人はいるものです。

 

しかし、健全な議論をすることは科学の発展のためには必要です。そのためにはまず相手の訴えている内容を正しく理解することが大切だと思います。

 

糖質制限に対する批判の中には、耳を傾けるべき「適切な批判」もあります。次にそのことについて見ていきましょう。

次ページ耳を傾けるべき「適切な批判」
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