糖尿病予防には「内臓脂肪を溜めないこと」が重要
血糖が高くなると、身体内のタンパク質と結合し変性させます。これを「糖化」と言い、身体の機能を低下させます。さらに、高血糖症が続くと身体の中に活性酸素が発生し、動脈硬化が進む原因になります。糖化や動脈硬化の進行を防ぐためには、血糖が高くならないようにすることが重要です。
高血糖症になるきっかけは、細胞内にブドウ糖を取り込む機能が低下することです。これをインスリン抵抗性と言います。内臓脂肪からは炎症性サイトカインが分泌されてインスリン抵抗性を起こす一つの原因になります。つまり、糖尿病になるリスクを減らすためには、内臓脂肪を溜めないようにすることが重要なのです。
今回は、内臓脂肪を溜めないようにする方法として、最近話題になっている「糖質制限」について見ていくことにしましょう。
■「糖質制限」とは、そもそも糖尿病の治療方法の一つ
内臓脂肪が増えるのは、余分なカロリーを摂り過ぎて脂肪細胞に脂肪が蓄積されることが原因です。内臓脂肪が増える原因としてはいくつかありますが、その中でも糖質を摂り過ぎることが関係しているということが分かってきました。つまり、糖質を摂り過ぎると血糖を下げようとしてたくさんのインスリンが分泌されるようになります。インスリンは血糖を下げるだけではなくて、身体に脂肪を取り込み、脂肪細胞を肥大させるのです。
そこで、内臓脂肪を増やさないために、糖質制限をすることが有用であると指摘され、ダイエット効果もあるということから一種のブームになってきたのです。
糖尿病の治療においては、余分なカロリーを摂らないように、食事療法が基本にして一番重要であると言われてきました。糖尿病の専門外来がある病院では、食事指導に重点が置かれています。
ただ、残念なことに、すべての内科外来で「食事療法」が最も重要視されていたかというと、そうではありません。他の疾患と同じように、「薬物療法」が優先され、とにかく薬を飲めば血糖が下がるという短期的な目標達成に重きが置かれてきたというのが現状でしょう。薬で血糖コントロールがうまくいったら、食事療法も副次的にやっていけばいい、という考えの主治医も少なからずいるのです。
これは、主治医の責任ばかりとは言えません。患者さん本人にとっても、カロリー計算を行なって、食べるものを制限する食事療法は苦痛を伴うものでした。しかも長期的に持続してやらないと意味がないのですから、患者さん側も、薬で手っ取り早く血糖を下げてほしいというニーズがあるのも事実でしょう。
さらに、まじめにカロリー計算を行い、指導の通りに食事療法を行なったからといって、血糖のコントロールが劇的に良くなるということが少ないのです。専門的に懸命に食事療法をされている糖尿病専門医の先生や栄養士の先生には申し訳ないですが、糖尿病における食事療法は、必要とする努力やエネルギーが多い割に結果が出ることが乏しいと言わざるを得なかったのです。糖尿病においては、食事療法が何よりの基本であり、蔑ろにされてはいけませんが、即効性がなく、患者さんにも多くの負担を強いるというデメリットがあるのです。
■「炭水化物」と「糖質」の違い
糖尿病の栄養療法では、炭水化物は摂取する全カロリーの60%に収まるように指導されます。ここで、炭水化物と糖質の違いについて少し説明しておきましょう。
糖質と炭水化物は区別されずに使われることが多いですが、意味するところは異なります。糖質とは、私たちが普通に思い浮かべる白米や小麦などのことです。炭水化物はこれに食物繊維を含めたものです。食物繊維とは、人間の消化酵素では消化できない炭水化物のことなのです。糖質は血糖を上げますが、食物繊維は血糖を上げることが少ないのです。
理想的には本来は糖質と食物繊維を区別してそれぞれの摂取量を計算するのが本来であろうと思われます。しかし、各種食品に含まれる糖質と食物繊維とを厳密に仕分けすることは困難です。さらには、食物繊維といっても完全にエネルギー源にならないもの(いわゆるカロリーゼロ)とそうでないものもあり、これらを区別することは現実的には非常に難しいでしょう。
私は糖尿病の専門医ではありませんが、血糖を上げる糖質を、糖尿病の患者さんがどうして摂るのかという素朴な疑問はこれまでも感じていました。しかし、炭水化物(つまり糖質と食物繊維)は身体の重要なエネルギー源で、絶対に必要な栄養素だから糖尿病の人でもある程度は摂らないといけないという暗黙の常識があったのです。
そんなときに、すい星のごとく現れたのが「糖質制限」でした。
糖尿病の栄養指導の基準を守って、炭水化物を60%摂っていても血糖が下がらない患者さんに、糖質(炭水化物ではない点に注意!)だけを摂らないように制限したところ、血糖のコントロールが急激に良くなる症例が続出しました。さらに、絶対に必要な栄養素として考えられてきた糖質を制限しても、代わりになるエネルギー源として脂質を補うことで、エネルギー欠乏にはなりませんでした。
具体的には、糖尿病の人で、主食となる米や小麦を制限したところ血糖のコントロールが良くなる患者さんが何人も出てきました。このように主食だけを摂らないようにする糖質制限をここでは「穏やかな糖質制限」と言うことにします。穏やかな糖質制限では、食物繊維はまったく制限する必要はありません。さらに、これまでの糖尿病の栄養指導と異なり、カロリー制限はそれほど厳しく行わなくても血糖は下がります。つまり、主食を減らした分はおかずでカロリーを補うことができるのです。糖尿病の栄養指導で、カロリー制限を行なっていた人にとってはこれほどの朗報はありませんでした。何しろ、主食さえ食べなければ、おかずは遠慮せずに食べることができるのですから*。
*注記)カロリーをいくら摂ってもいいということではありません。カロリーを摂り過ぎると余分なカロリーは脂肪として蓄えられ、内臓肥満の原因になります。
この糖質制限は、当初、糖尿病学会や糖尿病の専門医からは激しい批判がありました。これまでの糖尿病の栄養指導の方針を否定するものだったからです。しかし、この「穏やかな糖質制限」を実践する患者さんが続々と結果を出すようになりました。中には、これまでたくさん飲んでいた糖尿病の薬を飲まなくても良くなったり、1型の糖尿病の患者さんでインスリンを打つ量が減ったりする人まで出てきました。症例が積み上がるにつれて、医療現場では糖質制限を取り入れる医師が徐々に増えてきたのです。
理屈はどうあれ、現実に患者さんの血糖コントロールが良くなってきたという事実は無視することはできません。