(※写真はイメージです/PIXTA)

近年、「慢性炎症」が慢性疾患の発症と深く関係していることが分かってきました。今回は慢性炎症の防御・発生に大きく関わる「腸管のバリア機能」について詳しく見ていきましょう。※本稿は、小西統合医療内科院長・小西康弘医師並びに株式会社イームス代表取締役社長・藤井祐介氏との共同執筆によるものです。

炎症誘発物質が体内に入る最大の要因は「食べ物」

近年の研究により、死因の上位を占めるがんや動脈硬化を原因とする慢性疾患が、身体に起こった慢性炎症が原因であるということが分かってきました。慢性炎症が起こる原因にはいくつかの要素がありますが、その中の一つに炎症を誘発する物質が体内に入ってくることが関連しています。

 

では、この慢性炎症を誘発する物質はどこから入ってくるのでしょうか?

 

皮膚からや呼吸器から入ってくるものもありますが、一番大きな要因は食べ物として、経口的に入ってきます。「私たちは自分の食べたものからできている」という言葉がありますが、これは身体を作る栄養素だけの話ではなく、慢性疾患の原因になる慢性炎症においても言えることなのです。

 

今回は、この慢性炎症の原因となる炎症誘発物質が腸管内でどのように防御されるのか、腸管のバリア機能について見ていくことにしましょう。

炎症誘発物質から身体を守る「腸管のバリア機能」

食べ物には栄養素としての成分だけではなく、さまざまな添加物や合成保存料などの化学物質が含まれています。また、成分として含まれていなくても、食材そのものには環境汚染物質や有害重金属などが含まれている場合があります。しかし、食物に含まれるこれらの有害物質がすべて身体の中に入っていくわけではありません。

 

私たちの腸管には、これらの有害物質、炎症誘発物質から身体を守るバリア・システムが備わっているのです。

 

■腸管のバリア機能を構成する要因

【1. 腸管粘液】

腸管の上皮には杯細胞(goblet細胞)が存在し、絶えず粘液が産生されています。大腸ではこの杯細胞の働きにより非常に厚い粘液層が形成されます。

 

粘液層は腸管管腔側の外層と上皮側の内層とに分かれています。腸管内に発生した悪玉細菌は粘液層の外層までは入り込むことができますが、内層はムチン(粘液の主成分)どうしが密に結合しているため入り込めず、それにより腸管内で増殖した悪玉細菌が直接に上皮に触れることを妨げ侵入を阻んでいます。

 

その粘液層には、後で述べる免疫グロブリン(IgA)や抗菌ペプチドが分泌され、また善玉菌がいて、これらが総合的に働いて腸管バリアの働きをしています。

 

腸内細菌の中の一種は、メッセンジャー物質を分泌して、杯細胞による粘液の産生を促進させる働きをしています。

 

【2. 免疫グロブリン】

M細胞は抗原の取り込みに特化した細胞で、腸管上皮組織の粘膜固有層に散在しています。M細胞は、腸管内の細菌に結合する受容体を持ち、腸管管腔からこの細菌を取り込み(サンプリング)、記憶することで、免疫グロブリンAの産生に大きく寄与します。

 

生まれてすぐから無菌的に育てられた無菌マウスにおいては、腸内細菌がいません。免疫グロブリンA産生細胞はその数が顕著に減少しています。すなわち、腸内細菌の存在が免疫グロブリンA産生細胞の分化に必須であることがわかります。逆に、免疫グロブリンAを産生できないようにしたノックアウトマウスにおいては、腸内細菌の細菌量が異常に増加することも報告されています。

 

このように、免疫グロブリンAと腸内細菌は、腸内細菌と消化管免疫系とが互いに影響し合いながら腸内環境の恒常性を保っているのです。

 

【3. 抗菌ペプチド】

小腸に存在するパネート細胞は、抗菌ペプチドの産生および分泌に特化した細胞です。

 

腸管上皮細胞が腸内細菌から分泌されたメッセンジャー物質によって刺激されると、抗菌ペプチドが産生されます。病原細菌に感染したときには腸管上皮の粘膜固有層に存在する免疫細胞からサイトカインが分泌され、抗菌ペプチドの産生はさらに亢進します。このように、腸管バリア機能に関連する細胞は、腸内フローラの状態をチェックし、腸内細菌からのメッセンジャー物質を受け取ることによって、腸管内のバランス(ホメオスタシス)を一定に保とうとするのです。

 

【4. 腸内フローラ(マイクロバイオータ)】

腸管内の常在菌は腸内フローラ、あるいはマイクロバイオータと呼ばれます。腸内細菌がどこにいるのかというと、腸管の内腔にいるのではなく、粘液層にいるのです。

 

マイクロバイオータは腸管上皮細胞とさまざまな情報交換をし、腸内環境を一定に保とうとしています。マイクロバイオータと腸管上皮細胞との情報交換を「クロストーク」と言います。

 

無菌マウスを用いた解析から、マイクロバイオータは腸管の免疫系にも大きな影響を与えていることが明らかになっています。つまり、マイクロバイオータの存在しない無菌マウスでは、消化管の上皮は外的なストレスに対し脆弱で、アレルギーを起こしやすい状態になっているのです。これは、マイクロバイオータと腸管免疫細胞とのクロストークが正常に行われず、免疫のバランスが過剰反応を起こしやすくなっているからだと考えられます。

 

マイクロバイオータが炭水化物や食物繊維を分解することにより産生される酪酸、プロピオン酸、酢酸などの短鎖脂肪酸は、生体のエネルギー源として利用されるのみならず、腸管上皮細胞の増殖を促進し、杯細胞からの粘液の産生を亢進させるといった粘膜バリアの維持にも重要な働きをしています。

 

[図表1]腸管の粘膜バリア

 

【5. 腸管上皮細胞】

腸管上皮細胞は腸壁を構成する細胞であり、物理的なバリアになっています。細胞同士は密接に繋がっており、これをタイトジャンクション(以下TJ)と言います。

 

このTJは、生理的に隙間を開けて、腸管内の物質をわざと取り込み、腸管内の情報を収集(サンプリング)します。その情報を制御性T細胞(後述)などの免疫細胞に送ることで、免疫の調節を行っているのです。

 

しかし、何らかの理由でTJが「緩んだままの状態」になるとどうなるでしょうか?

 

一度に、大量の腸管内の物質が一挙に流れ込み、腸管の免疫システムは大混乱を起こします。

 

できたTJの隙間から、未消化な食物性のタンパク質や、環境毒素、腸管の悪玉菌からでた毒素(エンドトキシン)などの炎症を誘発する物質が体内に大量に流れ込んでくることで、身体全身に慢性炎症が起こります。慢性炎症は血液脳関門をも越えて、脳内にも及びます。さらに、各種の自己免疫疾患の誘発原因にもなるのです。

 

このように腸管上皮のTJが慢性的に緩んだ状態を「リーキーガット症候群」あるいは最近では、「腸管透過性の高まった状態(Intestinal permeability)」と言います。

 

[図表2]リーキーガット症候群

 

【6. 腸管免疫細胞】

腸管粘膜上皮層には上皮間リンパ球(intraepithelial lymphocyte:IEL)という特殊なリンパ球が存在しています。この細胞はウイルスなどの微生物に感染した腸管上皮細胞にアポトーシス(プログラムされた細胞死)を誘導することにより感染の拡大を防ぎます。

 

さらに最近、自然免疫リンパ球サブセット(innate lymphoid cell:ILC)という免疫細胞が存在し、先ほど説明した抗菌ペプチドの産生を促進することにより粘膜のバリア機能を増強する働きがあることが分かってきました。

 

■免疫の“調節”を行う「制御性T細胞」

このように、腸管の免疫バリア機能は、腸管外から侵入してきたウイルスや細菌などの異物に対してだけではなく、環境毒素(ゼノバイオティクス)に対しても防御作用を機能させるのです。

 

腸管の免疫細胞の役割はこれだけではありません。腸管免疫は、単に病原性微生物や環境毒素の侵入を防ぐバリア機能を果たしているだけではなく、逆に私たちの身体が必要な食物の栄養成分や善玉の腸内細菌に対し免疫応答しないよう制御されているのです。この二面性を両立させているということが、腸管免疫の特殊性であると言っていいでしょう。

 

食物に含まれるさまざまな物質のうち、どの物質を身体に必要な栄養素として認識し、どの物質を身体にとって有害な炎症誘発物質として区別するのかについては、まだ分かっていないことが多いです。ただ、腸管にはこの免疫の調節を行っている「制御性T細胞」があることが分かっており、免疫のつまみを調節しているようです。

 

この制御性T細胞は、食事の成分に対する免疫寛容(アレルギー反応が起こらないように身体に必要なものとして認識すること)や腸内細菌に対する免疫学的な不応答などに関わっています。

 

制御性T細胞は、腸内細菌と密接にクロストークをして腸管内の情報を収集し、免疫を調節していると考えられます。

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