「認知症の原因疾患」第1位、アルツハイマー病
日常生活に支障をきたす記憶およびその他の知的活動能力の消失を、総称して「認知症」と言います。その60〜80%を占めるのがアルツハイマー病で、脳の変性疾患の中で最も多いものです。
アルツハイマー病にかかると、脳全体で神経細胞が死に、組織が喪失します。長期間にわたって大半の機能に影響を与えながら、脳が徐々に萎縮してくるのです。では、どうして脳の神経細胞が萎縮してくるのでしょうか? その原因についてはまだよく分かっていない点も多いです。
しかし最近、脳神経細胞の萎縮の原因は「慢性炎症」であるという説が唱えられ、有力視されています。今回はその説を中心に見ていくことにしましょう。
アルツハイマー病の原因とは?
アルツハイマー病は、長い期間をかけて脳の中で生じる「複雑な一連の事象」によって発症すると考えられています。
「複雑な一連の事象」とは随分と取ってつけたような言い方ですが、要するに、まだ完全には解明されていないということです。
現在考えられている原因として、遺伝、環境および生活習慣などの複数の因子が絡み合っています。遺伝子構成や生活習慣は人によってさまざまなため、それぞれの因子がアルツハイマー病の発症の危険性を上昇させたり低下させたりする上で、どの程度大きな影響を与えるかは人によって異なります。
■遺伝的要因
アルツハイマー病についての研究が進むほど、研究者は、遺伝子がこの病気の発症に重要な役割を果たしているという認識を深めています。
若年性アルツハイマー病は30〜60歳の人に発症し、原因となりうる3つの遺伝子のうち、いずれかの変化によって引き起こされることが分かっています。しかし、アルツハイマー病全体において、若年性アルツハイマー病が占める割合は5%未満です。
アルツハイマー病の患者の大半は、通常60歳以降に発症するいわば老年性です。老年性アルツハイマー病は、アポリポタンパクE(APOE)遺伝子との関連について多くの研究が行われています。
アポリポタンパクというのは脂肪を運ぶタンパク質のことです。このタンパクにはいくつかのサブタイプがあります。そのうちの一つであるアポE4は、アルツハイマー病発症リスクを上昇させることが分かっています。2本ある遺伝子のうち、アポE4が1つあればアルツハイマーにかかるリスクが30%上昇、2つあれば50%以上になります。1つもない人ではリスクは9%です。
脂質を運ぶリポタンパクのサブタイプによって、どうしてアルツハイマー病の発症率が変わってくるのかについては、後で説明しましょう。
■従来の定説「アミロイド仮説」
アルツハイマー病について少し知識のある人であれば、一度は「アミロイドβ(ベータ)」という物質の名前は耳にしたことがあるでしょう。アミロイドβは脳内で作られるタンパク質の一種です。アルツハイマー型認知症の発症に大きく関わっていると考えられており、現在でも「アミロイドβの脳組織への蓄積により、脳細胞が死滅することが原因で起きる」と説明されていることも多いです。この説を「アミロイド仮説」と言います。
私たちも医学生のころには、この「仮説」が確定した事実であるかのように教えられてきました。では、どうしてアミロイドβというタンパク質がアルツハイマー病の原因であると考えられるようになったのでしょうか?
20世紀の初めドイツの医学者アルツハイマー博士は、生前に妄想や記憶障害のあった女性の脳組織を顕微鏡で調べ、脳の萎縮や脳内のしみのようなもの(老人斑)、脳神経の中に糸くずのようなもつれ(神経原線維変化)を発見し、世界で初めて報告しました。
そして、その後の研究でこの糸くずのようなもつれは、アミロイドβが沈着したものであることが分かったのです。アミロイドβは、アルツハイマー型認知症に見られる老人斑の大部分を構成しているたんぱく質であることから、アミロイドβが沈着することで脳神経細胞が死滅し、アルツハイマー病を発症すると考えられるようになったわけです。
しかし、考えてみればアミロイドβが、アルツハイマー病の発症に何らかの関係があるとしても、これでは根本的原因が分かったことにはなりません。
アミロイドβが沈着することで、脳神経細胞が死滅することは事実であるとしても、では、どうしてアミロイドβが沈着するのかという疑問は以前不明のままなのです。例えるならば、アミロイドβはたまたま目に付いた実行犯のようなものです。麻薬密売の売り子を逮捕したところで、麻薬組織のような大元を取り締まらない限りは同じことが繰り返されるようなものではないでしょうか。