「ボチボチやろや」の意味が関東人にはまったくわからないワケ

「京ことばには、耳に流れてくる優雅さには似合わない〈毒舌針〉が仕込まれている――」京都在住60年、巧妙かつ恐ろしい言語戦略と、はんなり優雅な物腰が同居する「京都ジン」を見聞きし、体験してきた文筆家の大淵幸治氏が、本格的「京ことば」について解説します。本記事は「お気張りやす」「ぼちぼちやりなはれ」の意味を探ります。

【お気張りやす】

しょげているとき、めげているとき、ひとは励まされると元気が出る。

 

これもまた「気」のうちだが、気を張れば、なんとか目の前の苦境も乗り越えられそうな気がしてくる。だから、京都ジンの激励言葉は「気張りや」である。

 

目上の者や親などがいうと、上から目線でそうなるが、目下の者または従業員がお客さんなど、上位の者に対していうときは、ちょっと丁寧に「お気張りやす」と「~してくださいね」の意である「お」と「やす」をプラスしていうことになる。

 

一体に、この「やす」という言葉は柔らかくて、わたしがもっとも好きな「京ことば」のひとつだが、「悪いこといいまへん。いっぺんでもエエし、しとうみやす」といわれた日には、ついついヘロヘロと従ってしまいそうになるほど魅惑的な言い回しだ。

 

押しつけがましくもなく、かといって素っ気ないわけでもない。相手を気遣う親切心が善意の衣をまとって出てきたような「胸キュン」言葉の一種といっていい。

 

だから、生粋の「京おんなが使う京ことば」だと思うひともいるかもしれないが、われらが京では男も女も同じ言葉を使うのである。そこには、性差はない。ただし、よほど年輩か、京都市内でも中京・上京辺りの住民男性が主に用いる。

 

「しとうみやす」の代わりに「おしやす」ともいうが、京都弁の簡便さは共通語には真似できない。前者は「してみられてはいかがですか」の略語だし、後者は「なさってみてください」の意だ。その優しさを含んでの「お気張りやす」なのだ。

 

言語経済的にいって、これほど短略的で深い意味を含んだ表現もあるまい。

 

…応援してまっせ

この項を書いていて憶い出したのだが、中学生の頃、毎年ある時期になると、未明にかけて愛宕山に登った。

 

確かこれを千日詣といったと思うが、その時、下りてきたひとに「お下りやす」、登ってきたひとに「お上りやす」と挨拶を交わすのだ。

 

そんな風にいったりいわれたりすると、凄く元気が出て、険しい急坂を登るのも苦にならなかった。そのやり取りがとても気に入って、ひとを見るたび、そのことばを交わすのが楽しかったくらいだ。

 

その秘密は、やはりこの「やす」にあったのだろう。これのない「お上り」だけでは、疲れは出ても元気のほうはいまひとつだったのではないか。

 

いまにして思えば「やす」に込められた優しさ、すなわち「応援してますよ」という温かさがわたしの、いや参詣者の背中を柔らかく後押ししてくれていたのだ――と、改めて思う。優しい言葉のもつ力ほど大きなものはない。お気張りやすと、ただひと言いわれただけで、頑張れる気になる言葉がほかにあるだろうか。

 

「京ことば」という澄まし倒した言葉ではなく、京庶民の使う京都弁での気取らない遣り取り――。それこそが、ひととひととのコミュニケーションのあり方なのではないだろうか。わたしはこれからも「やす」に込められた思いを「やす」に込めて返すことで、大切なひととのコミュニケーションを図っていきたいと思う。

 

そう、読者の皆さんもせェだい気張ってお読みやしとくれやっしゃ!

 

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富山の山奥に産し、京は西陣の上七軒にて生長。立命館大文卒。コピーライターや編集者としての経験をもとに80年代後半から唱え始めた〈意匠ことば学〉の見地から京都ジンの言語生理を読み解く。京に住いすること半世紀以上に及ぶ「非」京都人としてユニークな京都人論、京ことば論を唱える。2000年に上梓された『丁寧なほどおそろしい「京ことば」の人間関係学』は京都本ブームの先駆けとなった。

著書に『国彩化時代のニホンゴ』『気の弱いひとのエーゴ』『京都文化ジン類学』『ハダカの京都解体新書』などがある。

著者紹介

連載「おうち、面白いひとどすな」本当は怖い、京ことば

※本記事は、大淵幸治氏の著書『本当は怖い 京ことば』(リベラル社)より一部を抜粋・再編集したものです。

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