「非セリアック性グルテン・小麦過敏症」について
小麦を食べて不調が起こる場合、日本ではセリアック病の可能性はほとんどないので、非セリアック性グルテン・小麦過敏症(NCG/WS)の可能性が最も高いと考えられます。小麦、スペルト小麦、ライ麦、大麦などの穀物に含まれるグルテンなどのタンパク質を摂取すると、しばらくしてから起こる腸および腸外の症状を特徴とする疾患です。
臨床症状は、IBS様症状(腹部膨満感、腹痛、交互便通、率直な下痢または便秘)や上部消化管症状(食後満腹感、吐き気および嘔吐など)あるいは、腸外症状(頭痛、不安、抑うつ、集中力の低下、筋肉痛、関節痛など)があります。通常、アレルギー症状と言われるのとは異なる症状であることに注目してください。特に腸外の症状の場合は、小麦が関係していることに気づかれにくいのが特徴です。
これらの症状は、セリアック病と同様に、原因となる穀物の摂取を中止すると改善し、再び挑戦すると再発します。非セリアック性グルテン・小麦過敏症では自己抗体は検出されません。
しかし、このような疾患概念があることは日本ではほとんど知られていません。小麦を食べると不調があると言っても、「アレルギーでしょう。できるだけ避けてください」と言われることが多いと思います。しかし、この病態はいわゆるアレルギーではありません。アレルギーはIgEが関連して起こりますが、この疾患ではIgEは関係していません。小麦アレルギーとは別の発症機序で起こってきます。
腸管内の免疫は、図表2では4番目に示した粘膜下層の免疫細胞がコントロールしています。粘膜下層にはパイエル板という領域があります。パイエル板には腸管のリンパ球が集まっていて、免疫の調節を行います。パイエル板にはM細胞という細胞があります。M細胞は、腸管内にある細菌や食物のタンパク質など抗原物質を積極的に取り込んで、腸管免疫細胞と接触させることで、免疫反応を起こすことに重要な役割を果たします。この免疫のつまみを調節しているのが、腸管のマイクロバイオータ(腸内細菌叢)です。
この病態は、腸管の免疫反応が過剰になっていることが原因であると考えられます。腸管の免疫システムが過剰反応を起こす原因としては、腸管粘膜表層のバリア機能が低下することで、未消化な小麦タンパク質が粘膜下層のパイエル板内にあるM細胞に接触しやすくなることが原因であると考えられます。
腸管粘膜のバリア機能は、図表2では、1番目の腸内フローラや2番目の腸管粘液や分泌型の免疫グロブリンが関係します。これらの機能が低下することで、粘膜下層の免疫細胞が過剰に刺激されるのです。
マイクロバイオータの中のアッカーマンシアという菌は、腸管上皮にメッセンジャー物質を出して、粘液を分泌するように指令を出します。腸内環境が乱れ、腸管ディスバイオーシスを起こすと、アッカーマンシアが減り、粘液の分泌が減って、粘液層が薄くなるのです。
つまり、腸管のマイクロバイオータの乱れが起こり、粘液層が薄くなることで腸管のバリア機能が低下し、未消化な小麦タンパク質が粘膜下層の免疫細胞を刺激しやすくなるということです(【⇒関連記事:うつ病や発達障害…「脳や心の病気」の発症要因が分かってきた。知られざる「腸、脳の相関」】)。
この場合は、リーキーガットとは異なり、ゾヌリンは正常範囲で、腸管上皮のTJに隙間ができた状態ではありません。
一方、先ほど話したリーキーガットは図表2・3番目の腸管上皮の細胞と細胞との間のTJに隙間ができたことが原因です。
「小麦は身体に良くない」という主張をする人は、よくこのセリアック病や非セリアック性グルテン・小麦過敏症のことを例に挙げて、グルテンは腸管に炎症を起こし粘膜を萎縮させると言います。しかし、見てきたように、グルテンが小腸上皮を攻撃するのは、HLA-DQ2, 8という特定の遺伝子のタイプの場合や腸管粘膜のバリア機能が低下している人です。
健常人で腸管粘膜のバリア機能が正常な人において、グルテンが炎症を起こすというエビデンスはありません。
ごく一部の人に起こっていることをすべての人に当てはまるかのように伝えるのは正確ではありません。詳しいことは次回の記事でお話ししましょう。