2015年、コスタリカで鼻にプラスチックのストローが刺さったウミガメが発見されました。「自然分解されないプラスチックは悪だ」――3年後、欧州議会は2021年より、使い捨てプラスチック製品を禁止する規制案を可決。プラスチックのストローメーカーは窮地に立たされました。しかし、苦境の中、ビジネスを見直して新たなマーケットを開拓した日本の地方の中小企業があったのです。これまでのストロー生産の背景を見ていきます。

日本のストロー業界の発展と衰退

高度経済成長期に入ると、国内の個人経営の喫茶店が都市部の繁華街を中心に増え、それに伴いストローの需要が伸びていきました。またスーパーマーケットが誕生し店舗数を増やしたことや、飲み物の容器が瓶入りから紙パックに移行したことなども、ストロー業界にとっては僥倖でした。

 

飲み物が瓶に入っていればそのまま飲めますが、紙パックになるとストローが必要になります。当時はまだストローが紙パックに貼り付いている時代ではないので、レジでストローを無料で付けてくれたことが、ストローの売上増加につながったのです。

 

このような背景からも見えてくるように、日本の経済成長がストロー業界の発展にもつながったといえます。

 

しかし1990年代に、日本のストロー業界は衰退期へと向かい始めます。大きな要因は、バブル経済崩壊後のデフレとグローバル化によって安価な輸入品が大量に日本に輸入されるようになったことです。

 

この頃、特に勢力を伸ばしてきたのが韓国のメーカーでした。韓国のストロー産業は韓国国内の市場が小さいこともあって最初から世界への輸出を視野に入れており、韓国国内のみならずアジア各国にストロー生産拠点を持っています。もともとは日本のストローメーカーの技術を韓国に持ち帰り、それを真似する形でスタートしている事業で、すぐに大量生産体制をつくり、人件費が安い東南アジアで生産する施策を展開しました。

 

ストローは使い捨てのため、それなりの品質が保てるのであれば品質より安さが重視されます。品質がほとんど変わらないのであれば経費削減になる安いストローを買うのは、顧客である飲食店にとっては当然の判断です。ですから必要最低限の品質さえ確保できれば、あとはできるだけ安くすることによって顧客を取り込むことができます。

 

そこを戦略の軸とした韓国メーカーが需要をつかみ、日本を含む海外への輸出に力を入れることで、ストロー業界を席捲する一大勢力となっていったのです。大手チェーン店の増加もストロー業界に影響を与えました。

 

高度経済成長期に増えた個人経営の喫茶店は、後継者の不足や都市部の土地の値上がりなどで事業承継が進まず廃業していき、代わりにコーヒーやハンバーガーなどの大手チェーン店が増加します。個人経営の喫茶店向けに店名などを包装紙に印刷した名入れストローを生産していた国産のストローメーカーは軒並み経営難に陥ったのです。

 

また、この頃の日本経済はのちに「失われた30年」といわれる低成長とデフレの時代に入り、大手チェーン店に多い「できる限り経費を抑える」という考えを助長しました。そのため大量購入で安く買える輸入品を使用する店や、最も価格が安くなる裸のストレートストローを使う店が増えていったのです。

 

このような背景があり、国産ストローメーカーが成熟期から衰退期への一歩目を踏み出すことになりました。本来であれば、輸入ストローが増えつつあった頃に経営者たちが不況打破の一手を考えて、国産ストローの復活に取り組まなければなりませんでした。

 

しかしほとんどのストローメーカーは問屋や商社に営業してもらう形でストローの製造のみの事業をしてきたため、自社で新たな市場を開拓する営業力や、新しい製品を作り出す開発力を持っていませんでした。どうにかしなければならないと分かっていても打つ手が思いつかない、ニーズを探したくてもマーケティングができないという状況で、廃業するストローメーカーが徐々に増えていったのです。

 

これはストロー業界に限ったことではありません。下請けの仕事が長く、しかもその仕事がうまくいっていると、外部環境の変化に対応する力が衰えてしまうことがあります。目の前の仕事をきちんとこなせば従来どおりに成長していける、今が安定しているから来期以降も大丈夫だろうといった過信が生まれて、新規事業を考えたり新たな顧客を開拓したりする意識が薄れてしまうのです。この状態で仕事が減ったりなくなったりすると、まず復活は難しくなります。

突然の逆風となったウミガメ問題

2000年代に入ってからも、ストロー業界はジワジワと需要を減らし、低迷が続きました。そして、2015年にウミガメの鼻にプラスチックストローが詰まっている動画が世界的に拡散されたことで、日常生活に浸透していたプラスチックストローが海洋汚染や自然破壊のアイコンのように扱われるようになり、廃プラスチック(廃プラ)削減運動が始まったのです。

 

廃プラ削減運動の流れを見ると、多くの大手飲食チェーンがプラスチックストローの使用を順次なくしていくと決めたり紙ストローの導入を進めたりしているほか、廃プラに向けた法整備や施策も着々と進んでいます。

 

代表的なプラスチック規制の施策は、2020年7月にスタートしたレジ袋の有料化です。ストローに関しては、2022年4月に施行される「プラスチック資源循環促進法」のなかでプラスチック使用製品の抑制として、プラスチック製のフォーク、スプーン、ナイフ、マドラー、ストロー、ヘアブラシ、ハンガー……等の12品目を特定プラスチック使用製品と指定して、年間使用量が5トン以上の事業者に、有償での提供やポイント還元や意思確認等の提供方法を工夫するか、薄肉化、軽量化することでプラスチックの使用量を減らすなど、どれか一つ以上の対策が求められています。

 

しかし、海に流出しているプラスチックのうち、プラスチックストローが占める割合は決して大きくありません。環境省の調査でも海底や漂着ごみとして多いのは、漁網やロープ、飲料用ボトルなどでプラスチックストローはほとんど検出されていません。生産されているプラスチック製品のなかでもストローは0.1%以下といわれており、環境に影響を与えるようなものではないのです。

 

環境への影響度合いが非常に小さいとすれば、プラスチックストローは引き続き世の中で使い続けても環境への負荷は小さく、むしろ脱プラスチック(脱プラ)方針で紙などのストローに舵を切ってしまうことで、市場のニーズから自ら遠ざかってしまうことのほうが、豊かな生活を求める人類にとっては悪い影響を及ぼすことになりかねません。

 

もともと廃プラ問題は、人口が増え生活が豊かになり消費が増えたことで、当然ながら廃棄も増えたのにそれに対処する廃棄物の処理に投資をしなかったことが海洋流出などの問題を引き起こしたのであって、プラスチック自体に問題があるわけではありません。

 

廃プラ問題の解決は、プラスチックを使わないことでなく、プラスチック製品の適切な処理をするという当たり前のことを実行するだけで、多様で豊かな生活を維持しながら環境問題を解決することができます。

 

 

井上 善海

法政大学 教授

 

 

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井上 善海

幻冬舎メディアコンサルティング

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