岡山の精米業から素麺加工会社に転じ、その後ストローメーカーとなったシバセ工業。パートナー「グリコ協同乳業」と出会ったことで、最盛期には売上6億円に迫るところまで成長しましたが、商品開発に遅れを取り、グリコからの発注が大幅減少。その先にあったのは…。

技術の限界によって消え去った「大口注文」

シバセ工業が多品種小ロット生産を始めたきっかけは、下請け体質から脱却して自立するため、下請けでの大量生産というビジネスモデルの逆をしようと考えたからです。

 

現社長の磯田氏が入社した1999年当時、シバセ工業(芝勢興業)の売上高は2億円を切る水準にまで落ち込んでいました。さらに磯田氏が入社してまもなく、グリコの購買担当者が会社に来て「自立してください」と告げたのです。

 

それは、これからグリコからの発注が減るため自力で顧客開拓をするようにという宣告でした。グリコとの付き合いは20年以上に及び、当時は95%以上の仕事がグリコ向けだったため、その宣告はシバセ工業にとって非常につらいものでした。

 

グリコからの注文がなくなることとなった理由は、ストローの形態の切り替わりです。グリコはジュースを買った顧客にレジでストローを渡していましたが、飲料パックにストローが付いていたほうがお店にとっても顧客にとっても便利という市場のニーズがあり、1パックに1本ずつストローを付ける形態が求められるようになったのです。

 

市場の要求のためグリコも飲料パックに付けられる方法を模索していました。パックに付けられる技術がなければ、グリコもお店での販売スペースを失うことにもなりかねません。

 

グリコとシバセ工業の付き合いは長く、グリコの購買担当者がシバセ工業に来ると芝勢家で2代目社長と食事をして泊まっていくこともあったほど、その関係性は良かったそうです。だからこそ、グリコもシバセ工業に発注できなくなることを苦慮していたのだと思います。

 

ジュースを飲むためにストローはパックよりも長くなければなりませんが、同時に、パックに付けるにはパックよりも短いストローでなければならないという課題がありました。そこで、シバセ工業がグリコと検討していたのは、ストローの蛇腹(ジャバラ)部分をU字に曲げパックに取り付ける方法です。

 

国内でジャバラストローを作れるメーカーは当時シバセ工業以外にほとんどなく、グリコはその技術を活かしてシバセ工業が生き残る道を示してくれたのです。しかし、実際にこの方法で作るとストローの幅が広くなってしまい、コストが高くなることが分かりました。グリコは安く作りたいと考え、結局U字ジャバラのストローは採用されませんでした。

 

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