業績回復と、新たなイノベーションのきっかけは…
1990年代後半、シバセ工業はそれまでの売上の95%ほどを占めていたグリコ向けのストローの受注が減り始めたことで、業績が悪化しました。
グリコからの仕事が減り続けるなかでシバセ工業は、2000年から下請けのビジネスモデルの変更に着手し、自社開発の多様な飲料用ストローを小ロット・短納期で作っていく経営に切り替えます。
しかし実は、多品種小ロット生産と並行して、もう一つの取り組みも行っていました。それがストローの新用途の開発です。
国産での飲料用ストローの市場はもともとストロー市場全体の1割ほどしかない市場のため、大きな売上は見込めません。たとえ経営は維持できたとしても業績を大きく伸ばすことは難しく、いずれ頭打ちの状態になるのです。
後にシバセ工業の社長となる磯田氏は、多品種小ロット生産に取り組み始めた時点でそのことに気づいていたため、会社の成長につながる新しい事業を考える必要性も感じていたのです。
そうして新しい事業を模索し始めたシバセ工業は、やがて「ストローは飲み物を飲むために使うもの」というストロー業界の常識をやぶり、工業用ストローや医療用ストローなどの新しいジャンルをつくり出すというイノベーションを起こします。
これは窮地にあったシバセ工業の業績を回復させるだけでなく、新たな成長を生み出す要因となりました。シバセ工業がこのイノベーションを起こすきっかけとなったのが、2001年に開設したホームページです。
会社と事業を周知のため、ホームページを開設
2001年、磯田氏は飲料用ストローの新規顧客獲得に向け、社内の営業体制を整えると同時に自社ホームページを開設しました。
企業のホームページ活用は、インターネット黎明期の1995年は24%ほどでした。しかし、徐々にネット環境が整っていったことで、シバセ工業がホームページを開設した2001年には約78%まで上昇していました。ただ、その多くは大企業で、中小企業の開設率は低く、ストロー業界でも自社ホームページを持つ企業はありませんでした。ホームページ活用に目を向けたのは磯田氏ならではの視点といえるかもしれません。
磯田氏はパソコン創成期の1981年に大学生ながら発売されたばかりのパソコンを購入します。アップルやNEC、富士通といったメーカーからパソコンが発売されてきましたが、購入したのはシャープのMZ-80Bという機種で、当時は記憶装置もテープの時代でした。ゲームや卒業研究に使用していましたが、1983年に日本電産に入社後もCADなどパソコンを使って仕事をすることが多くなりました。
まだWindowsも発売されていない時代からではありますが、インターネットを使い始めた時期も早く、情報周知の手段としてのホームページの重要性も理解していました。営業担当者はまだ1人のため活動範囲が限定されます。もちろん草の根で営業していくことも大事ですし、実際の問い合わせや注文は電話やFAXでくるかもしれません。
しかし顧客を増やしていくためには、シバセ工業がどんなものを作れる企業なのかを、より多くの人に知ってもらう必要があります。それを可能にしたのがホームページでした。
パソコンの普及と、その背景にあるインターネットの拡大に可能性を感じていた磯田氏は、シバセ工業の存在や事業内容を、簡単に周知できるホームページの活用に期待していたのです。周知のための手段として、安価であることもホームページに目を向けた理由です。会社や事業内容を周知しようと考えたとき、従来はテレビや新聞などで広告を出すのが一般的でした。
しかし、ネット社会ではマスメディアを通すことなく、簡単に、しかも安価に周知できます。特に昨今は、何をするにしてもまずはインターネットです。お店の予約や新製品の情報収集は検索サイトを使いますし、スタッフ探しもちょっとした問い合わせもインターネット上で行われるケースがほとんどです。インターネット上の接点がなければ顧客とつながるのが難しい時代なのです。
これは中小企業の広告戦略として重要な点です。人やお金などのリソースを使わずより多くの顧客と接点をつくっていくことができますし、接点となるホームページをどれだけうまく活用できるかによって集客数も売上も変わってくるのです。
さらには、自社のホームページに「ストロー館」というネットショップを開設したのが2006年ですが、この「ストロー館」の役割が近年大きくなっています。
もともとは電話で注文を受けて納品して請求書を発行するという事務処理を効率化したいという考えで開設したものですが、自社製品のカタログの代わりとなりました。そして現在では、アンテナショップとしての役割やアウトレット製品の販売など商品点数も増えています。
標準品のストローはすべてこのショップでも販売していますし、無料サンプルもこのショップで扱っています。まず無料サンプルをこのショップから取り寄せて、良ければさらにショップから購入することもできるし、直接営業に連絡して取引を始めることもできます。直接会話をしなくても最初のコンタクトが始まることは、こちらから直接営業活動をしなくても新規顧客開拓ができることになり顧客開拓のハードルを下げることに役立ちます。
このように飲食店の顧客を引き込むために開設されたホームページですが、ここから新たなシバセ工業のストーリーが始まることになります。インターネットを通して新しい情報としてストローに「飲む」以外の用途でのニーズが入るようになりました。
井上 善海
法政大学 教授
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