なぜ「ビジョン」が必要なのか?
■共有して合意されたビジョンの必要性
自走する組織をリーダーが一人で実現することは、理論上あり得ません。組織は人の集まりであり、経営者もそのなかの一人に過ぎないからです。一人のリーダーだけで組織を変えようとすると変化は限定的になるため、必ず共感してくれる協力者を巻き込む必要があります。
ただし「自走する組織をつくるぞ」という最初の声掛けを経営者が行うことは必要です。最後まで一人で組織を変えるのではなく、最初は一人で変革を始めると考えれば成功する可能性は高まります。経営者が覚悟を決めれば協力者は現れるはずです。
経営者がいくら情熱的に大声で語り続けても、それだけで組織は変わりません。本当に組織が変わるということは、一般社員まで変化することです。末端の社員まで巻き込んで一つのムーブメントをつくれば、組織全体の意識改革は実現します。そのためいかに社員を巻き込んでいくか、巻き込むためにまず経営者が組織に対する考え方をどう新しくしていくか、この両面が大切なのです。
経営者のビジョンをトップダウンで落としていくことをビジョン共有といいます。「私のビジョンはこれです、皆さんはそれを理解してください」と周知させることです。
一方、共有ビジョンとは「あなたはどうなりたい?」「君はどう?」と聞いてみんなの意見を集め、「私たちはこうなっていきたい」とビジョンを集約させたものです。
ビジョン共有と共有ビジョンに優劣はありません。例えばアップルの創業者スティーブ・ジョブズは、「コンピュータで世界を変える」というビジョンを社員と共有しました。
すると「俺たちもそれをやりたい」と、世界中から優秀なエンジニアが集まりiPhoneができたのです。これはジョブズのビジョンにみんなが共感して集まってきたので、ビジョン共有でありながら共有ビジョンでもあった例です。
このことから共有ビジョンがビジョン共有であるという状態、つまり「この経営者のビジョンは私のビジョンと多くの部分で重なる。この人のビジョン実現は自分のビジョン実現とほぼ同じだ」という状態が理想といえます。
■共有ビジョンと個人ビジョン
経営者が社員の共感を得てビジョンを実現するために必要となるのが、共有ビジョンです。
私が企業のサポートに入るとき「ビジョンツリー」という気づきのワークをよく行うのですが、社員だけで行うこともあれば幹部や経営者が参加することもあります。このワークショップでは参加者に、自分が手に入れたいものや実現したいものを付箋に書いてもらい、ホワイトボードに描いた木の上に貼ってもらいます。
ビジョンには、個人ビジョンと共有ビジョンの2種類があります。ビジョンツリーの果実の部分は個人が手に入れたいもの、つまり個人ビジョンに相当します。結婚したい、家が欲しい、海外旅行したいなど個人の欲望や願望がたくさん出てきます。
それを支えるのが木の幹や根っこであり、これが共有ビジョンになります。みんなが効率良く動いて利益を上げるには、いい会社にしなければいけません。そこで、個人の能力、チームワーク、コミュニケーションを向上させていくことが必要です。こうした考えやアイデアを付箋に書き、ビジョンツリーの幹や根っこに貼っていくのです。ワークを通して視覚的に、木の幹や根っこ=共有ビジョンによって果実=個人のビジョンが実現する構造を理解することができます。
「フェラーリを買いたい」という経営者の個人ビジョンは果実の部分です。これは、従業員の「海外旅行したい」「結婚したい」などの個人ビジョンと同じです。経営者が経営のためだけに人生のすべてを懸けて、個人の幸せを放棄する必要はありません。「会社が儲かったら、それぞれの個人の夢が実現する。だから社長は経営を頑張り、社員は今の業務を頑張る」と一人ひとりが腹落ちすることが大切なのです。
共有ビジョンは、個人のビジョンを実現するために必要な組織のビジョンです。
多くの人は、自分だけ笑顔で仲間みんなが悲しそうな顔をしている状態では働きたくありません。自分だけでなくほかの社員や経営者のビジョンも実現するような組織をつくりたい、その思いが組織の共感力のベースになり、「あなたが休暇でいないときは、私がサポートに入る」など助け合う気持ちも醸成しやすくなるのです。
動機が強ければ強いほど、行動の質も上がります。そのためにも、まずは行動の結果として手に入れたい状態を明確にすることです。それが魅力的であるほど、実現したい気持ちが高まりやる気や情熱につながります。行動の目標に実現可能で魅力的なビジョンが加われば、長期的にやる気を引き出すことが可能になるのです。