「フェラーリに乗りたい」はビジョンか?
■ビジョンを共有するプロセス
これからの時代の企業が売上や利益などの成果を出すには、自走型組織になることが不可欠です。しかし、自走型組織をつくるのが究極のゴールではありません。自走型組織をつくって、経営者がなにを実現したいのかということが重要なのです。
自走型組織に必要なのは社員一人ひとりのやる気や情熱です。社員のやる気や情熱を引き出すために必要なのは個人のビジョンであり、それを実現するために必要なのが組織で共有し合意されたビジョンの実現です。自発性は「やりたいときにやりたいようにやる」「勝手気まま」とは違い、「共有ビジョン」の実現のために考え、行動し、どれほど大変なことであっても責任をもって関わることだからです。
「共有して合意されたビジョン」は、「魅力的なビジョン」がなければ生まれません。
経営者によってビジョンは違います。自分の育てた会社を高値で売ってアーリーリタイアするビジョンをもっている人もいれば、高級外車を乗り回したいというビジョンをもつ人もいます。実際に、某市でナンバーワンの規模を誇る司法書士事務所の経営者の夢は、フェラーリに乗ることでした。
ビジョンのレベルが高いか低いかは関係ありません。どのようなビジョンであっても、それは行動を起こすうえで最も強い動機となるからです。ですから「経営者の俺がフェラーリを買うために、従業員に働いてほしい」というビジョンでも、「地域に誇れるようなすばらしい会社にしていきたい」というビジョンでもいいのです。
ただし、本当はフェラーリが欲しいけれどそんなことを言うとカッコ悪いから「地域貢献できる会社」をビジョンにするというのであれば、それはあくまで表向きなので本気になれません。「フェラーリに乗りたい」「アーリーリタイアしたい」などの本音を大切にしたほうが、ビジョンは実現可能になります。
ビジョンの実現には従業員の共感が必要です。経営者のゴールはフェラーリだとしてもそのフェラーリを得るためには会社が利益率を上げなくてはいけないので、従業員にやる気と情熱をもって仕事をしてもらう必要があるからです。しかし「俺がフェラーリに乗りたいからおまえたちも協力してくれ」と言うだけでは共感は得られません。
■ビジョンはエネルギーの源
フェラーリに乗りたい気持ちが強いのであれば乗れるような組織をつくればいい。この場合、究極のゴールは従業員一人ひとりが「私たちはこの事務所で楽しく働けることを誇りに思い、社長に感謝しています。社長は車が好きなのだから、ぜひフェラーリに乗ってください」と言ってくれる組織をつくることです。
もし私が企業支援をするとしたら、経営者のビジョンをしっかり受け止めたうえで、こう伝えます。
「しっかり組織をまとめて、クレームがなく効率のいい組織をつくれば、あなたのフェラーリのビジョンは実現しますよね。しかし現状は、毎月1人が退職しています。この状況を変えないとフェラーリのビジョンが実現しないとすれば、今やることはなんでしょうか」
いつも従業員を叱りつけていては、このビジョンは叶いません。まずは従業員が働きやすいように経営者自身の言動を見直す必要があります。また、従業員の悩みを聞き、ほかに改善点がないか洗い出します。新入社員を育てる余裕がないのが問題ならば、経営者がこの状況を改善することでフェラーリの夢に一歩近づきます。ほかの理由ならできなくても、本当にフェラーリに乗りたい気持ちがあれば、社員に優しくすることができるはずです。
そうして改善を進めていくと、やがて「フェラーリの夢はどうでもよくなってきた」と経営者が言うことはよくあります。
「乗れるときが来たら乗ればいい。フェラーリを買うお金があったら社員の福利に回したい。社員の笑顔を見るほうが楽しいから。今は日本車で十分です」
私が変化させようと思ったわけではありませんし、このように変わらなければいけないわけでもありません。社員の気持ちに寄り添っていくうちに経営者の考えが自然と変わることはよくあります。「フェラーリが欲しいと言っているけれど、自分が本当に欲しいのはそれではないんだ」と、自分自身で気づくことが少なくないのです。
社員が笑顔で働くことが経営者の目指すゴールではありません。社員が笑顔で働いてくれてきちんと利益を上げてくれることで、みんなの個人ビジョンが実現することこそがゴールです。このゴールはあらゆる経営者、あらゆるビジョンに共通です。
結果としてのビジョンはエネルギーの源です。経営者のエネルギーになるのであれば願望でもどんなものでもかまいません。心の底から手に入れたいなにかを明確にするのです。
長年ビジョンが変わらない人もいますが、そのときの自分が本当に実現したいものはなにかを考え続け、毎年ビジョンが変わる人もいます。変わることは悪いことではありません。単なる物欲でベンツやフェラーリに乗りたい場合、そのビジョンは社内の共感力が高まっていくとたいてい変化します。自分の本当のビジョンにどんどん近づいていけばいいのです。
森田 満昭
株式会社ミライズ創研 代表取締役