(※画像はイメージです/PIXTA)

どこの職場にもいる面倒な上司。何かと些細なことで注意してくるくせに妙になれなれしい。それがストレスで会社に行きたくないが辞めるのは癪だという。そして、ある日とった驚きの行動とは。精神科医が著書『シン・サラリーマンの心療内科』(プレジデント社、2020年9月刊)で解説します。

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職場のストレスで眠れない原因とは

20歳に届かない娘が職場のストレスで眠れないとやって来る。彼女は大きな通販会社に勤めている。一人変わった上司がいて、何かと些細なことで注意をしてくる。そのくせ妙になれなれしく、猫なで声ですり寄ってきたりもする。それがストレスで、会社に行きたくないが、ここで辞めるのも癪だから頑張っているのだという。

 

その上司は、気になる女子にちょっかいを出すいじめっ子に似ているのだろう。彼女は腰まで届きそうな長い髪を持ち、色白で細面の美形である。口呼吸の多い最近の若者に似ず、きりりとむすばれた口、吊り上がった目尻、内面はややきつそうである。彼女には男の横面をひっぱたいてやるのが似合いそうだが、今日では勧められない。

 

人と人との関係は、仲の良し悪しにかかわらず心理パワーゲームでもあるから、質の良い睡眠をとって元気力を培っておくこと、職場で孤立しないようにし、さらに上の上司にも相談することを勧めた。とはいえ、しつこく付きまとう輩を遠ざけるのはそう簡単ではない。ひとまず、依存性のない睡眠薬とストレス緩和に役立つ漢方薬を処方する。

 

何度目かの外来で、彼女は顔を腫らし、目をぎらつかせてやってきた。誰かに殴られたのではなく、その上司から不本意な注意を受け、悔しくて、更衣室のロッカーに自ら顔を打ち付けたという。結局、会社では誰にも相談せずにいたようだが、日記帳を取り出し、私に読んでほしいという。読み進むと最後に「殺す」の一言があった。まさか実行に移すはずはなかったが、彼女の内面の情念の激しさに驚かされた。

 

最近の若者には、情念の厚みを感じさせない者が多い。人を殺すにしても、一見計画性があるように見えて、実は衝動的である。スマホゲームや漫画に出てくる殺戮に衝動を引き出された、一種の愉快犯、模倣犯と思える殺人者も少なくない。

 

診察の終わりに、君は困難にめげない芯の強い女性だから、バカなこと(殺人)はしないでしょうねと言ってみた。実際その時、彼女は怪しげな魅力を漂わしていた。

 

ふと小泉八雲の雪女に似ていると思った。人間に変身した雪女は、木こりの妻として一見平和な生活を送るが(実際にはさまざまなストレスを吞み込んで頑張っていたはずだが)、ある日突然、夫の裏切りに怒りを爆発させ、鬼に戻ってしまう。裏切った夫に「殺す」と迫るが、結局、殺さず去ってゆく。

 

この自ら去ってゆくという日本の鬼の秘めた優しさに、感銘を覚えたことがある。私の知る限り西洋の物語で、こういった場面で殺さずに去る鬼はいない。

 

さてその後のある日、彼女は会社のロッカー室で睡眠薬を大量に飲み、首の左半周をカッターで切った(深くはなかったが)。ふらふらした足取りで事務室に乗り込み、血だらけの辞表を提出すると、その場で倒れ、病院に運ばれた。

 

まるでドラマのような振る舞いであるが、ここに至らせたカウンセラーとしての反省はあるにしても、この半端ないやり方に、私は妙に感心してしまった。これほどの怒りを周囲に悟らせず、我慢し続け、自分を傷つけることで表現したことに、今どきの若者にはない情念を感じたのである。それは雪女が見せた古風な優しさにも通じるものではなかったか。

 

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※本連載は遠山高史氏の著書『シン・サラリーマンの心療内科』(プレジデント社、2020年9月刊)から一部を抜粋し、再編集したものです。

シン・サラリーマンの心療内科

シン・サラリーマンの心療内科

遠山 高史

プレジデント社

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