(※画像はイメージです/PIXTA)

相模原の障害者施設「津久井やまゆり園」で起きた殺傷事件は、精神科医にとっても複雑な思いを抱かせたといいます。かつてストーカー少年を精神鑑定したとき「措置入院」は必要なしと判定したのはなぜだったのでしょうか。精神科医が著書『シン・サラリーマンの心療内科』(プレジデント社、2020年9月刊)で解説します。

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「ストーカー少年」の精神鑑定

平成28年7月26日、相模原の障害者施設「津久井やまゆり園」で起きた殺傷事件は、単純な論評では説明のつかない問題が多く含まれ、精神科医にとっても複雑な思いを抱かせる。

 

とりわけ、犯人が2月19日の措置入院からわずか10日で退院し、その後十分なフォローがなされることもなく、措置入院の要件とされる「他害の恐れ」が消失したとされた後に、実行したからである。精神保健福祉法による措置入院の要件は、精神障害者であることと、その症状による自傷他害の恐れが切迫していることの二つだが、その特徴は、刑法にはない「予防拘束」を認めていることである。

 

犯人は本当に精神障害者で、精神症状によって他害を行ったのか。やまゆり園の犯人は、犯行後の精神鑑定で、統合失調症やうつ病など狭義の精神障害ではなく、「自己愛性パーソナリティ障害」と診断され、また犯行も衝動的でなく、計画性を認めている。

 

言い換えると、犯人は精神障害者とは言えず、また犯行も精神障害によるものとは言えないということになる。すなわち、措置入院の時点で、要件を満たしていなかった可能性がある。しかし、3人もの医師が措置を決定している。

 

ここで私の鑑定経験を思い出す。一方的に好きになった女性に相手にされず、殺意を抱き、またそれを公言してはばからず、ついに女性の住むアパートの5カ所に時限発火装置を取り付け、焼き殺そうとした男の鑑定である。

 

男はあまりに露骨に放火を予告したため、精神障害を疑われ、精神保健福祉法による措置診察となった。診察は2人の医師が行い、その1人が私であった。ともにパーソナリティ障害と診断したが、措置入院を要するかどうかの判定は、私は「不要」、もう1人の医師は「必要」とした。

 

2人が一致しない場合、措置入院は不要となる。発火装置は実際には作動せず、未成年だったこともあり、男は逮捕に至らず帰宅できることになった。ただ、この時付き添ってきた生活安全課の課長から、もし彼がまた火をつけたら、誰が責任を取るのかと迫られた。もう1人の医師もこの男は措置入院させるべきだと、私に強く迫った。

 

しかし、男は精神病ではなく、他害行為もその症状に基づくものではない。措置入院させたところで、治療可能性は低く、病院はすぐに措置を解除し、退院させるだろう。

 

この男を措置入院とすれば、精神病床は、彼と似たようなパーソナリティ障害者であふれかえることになる。私はそう答えたものの、賛同は得られなかった。もちろん、帰宅した男が再びストーカー行為の挙げ句、その女性に害を及ぼす恐れがないわけではなかった。が、幸い、その後家族の努力によって、他害行為は防がれたのである。

 

私がやまゆり園の犯人の措置診察を行っていたら「措置不要」としていたかどうか、わからない。ただ、件のストーカー男とは少し異なることを感じとったかもしれない。

 

犯人は己の差別意識を「選ばれし者を救う」という世界救済的な思想によって正当化している。オウム真理教の選民思想にも通ずるが、私が鑑定を行った過去の多くの事件では、かかる選民意識を示した者はいなかった。ならばなおさら、精神医療の枠の中での対応は困難であろう。ゆえにやはり、措置要件を満たさずとしたかもしれない。

 

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※本連載は遠山高史氏の著書『シン・サラリーマンの心療内科』(プレジデント社、2020年9月刊)から一部を抜粋し、再編集したものです。

シン・サラリーマンの心療内科

シン・サラリーマンの心療内科

遠山 高史

プレジデント社

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