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賃上げを巡る環境は悪くない
新型コロナウイルス感染症の影響で経済活動の水準は2020年度に急速に落ち込み、その後の持ち直しも緩やかにとどまっている。その一方で、有効求人倍率が1倍を上回り、法人企業統計の経常利益がコロナ前の水準を回復するなど、労働需給や企業収益といった賃上げに大きな影響を及ぼす指標は経済全体に比べるとそれほど悪化していない。
賃上げを巡る環境を過去と比較するために、労働需給(有効求人倍率)、企業収益(売上高経常利益率)、物価(消費者物価上昇率)について、過去平均(1985年~)からの乖離幅を標準偏差で基準化してみると、バブル崩壊後の1990年代前半から2010年代前半までの約20年間は、いずれの指標もほとんどの年でマイナスとなっていた。
アベノミクス景気が始まった2013年には企業収益の改善を主因としてプラス圏に浮上し、その後労働需給の改善が顕著となったことから、2018年には3指標を合わせた上振れ幅がバブル期を上回る過去最高水準となった。
2019、2020年は景気後退や新型コロナウイルス感染症の影響で3指標ともに悪化したが、明確なプラス圏を維持しており、2021年は企業収益の改善を主因として持ち直している[図表12]。
賃上げの要求水準が低い
このように、アベノミクス景気から続いてきた賃上げを巡る良好な環境は、コロナ禍でも大きく崩れていない。それにもかかわらず、これまで賃金上昇が本格化しなかった一因は、組合側の要求水準が上がらなかったことだ。
連合傘下組合の賃上げ要求と実績の関係を長期的にみると、1990年代後半までは4%以上の賃上げ要求に対し、実際の賃上げ率は3%前後となっていた。その後は雇用情勢が厳しさを増す中で、組合が賃上げよりも雇用の確保を優先したこともあり、定期昇給分(ベースアップなし)に相当する1%台後半の要求水準という期間が長く続いた。
アベノミクス景気では、人口減少・少子高齢化を背景とした企業の人手不足感の高まりもあって労働需給が逼迫し、賃上げを巡る環境も大きく改善した。
そうした中で、組合の賃上げ要求は、2013年の2.11%から2014年に2.95%、2015年に3.75%と上昇したが、2016年に3.16%に低下してからは概ね3%程度の水準となり、実際の賃上げ率は要求水準を1%程度下回る2%前後で推移している[図表13]。
賃金を巡る環境が良好であったにもかかわらず、賃上げ要求水準が上がらなかった背景には、デフレマインドが払拭しきれていないことがあると考えられる。デフレ期にはベースアップがなくても物価の下落によって実質賃金が上昇するため、賃上げの重要度は低かった。
しかし、2013年の日本銀行による異次元緩和開始以降、少なくとも持続的に物価が下落するという状況ではなくなった。しかし、その一方で持続的、安定的な物価上昇が実現したわけでもないことから、労使ともにデフレマインドが根強く残っており、このことが本格的な賃上げにつながらない一因となっている可能性がある。
厚生労働省の「賃金引上げ等の実績に関する調査」によれば、賃金改定に当たり「物価の動向」を重視した企業の割合(複数回答)は1980年には60%を上回っていた。その後の物価安定に応じてその割合は急速に低下したが、1990年代後半までは10%以上の水準を維持していた。
しかし、1999年に10%を割り込んでからは20年以上にわたって一桁の低水準が続き、2021年は0.8%と過去最低となった。デフレを脱しつつある現在でも上昇する兆しは見られない[図表14]。
2021年度の消費者物価上昇率はほぼゼロ%にとどまるとみられるが、異次元緩和が開始された2013年度から2020年度までの平均は0.7%(消費税率引き上げの影響を除くと0.4%)となっている。少なくとも持続的に物価が下落するデフレという状況ではなく、ベースアップがなければ実質賃金が目減りしてしまう環境となっている。
ベースアップと消費者物価上昇率の関係を長期的にみると、1990年代半ばまではベースアップが消費者物価上昇率を安定的に上回るという関係があった[図表15]。
2022年度の消費者物価上昇率は、エネルギーや食料品価格の高い伸びを主因として1%台半ばとなることを予想している。2022年の賃上げ率はベースアップでゼロ%台前半にとどまり、実質賃金の伸びがマイナスとなることは避けられないが、中長期的にはベースアップが物価上昇率を安定的に上回るような賃上げを目指すべきと考えられる。
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