なぜウクライナ侵攻を予想できなかったのか?~読み違えはロシア側にも (写真はイメージです/PIXTA)

多くの専門家が楽観視していたなか、突然のロシアによるウクライナの侵攻が現実のものになりました。本記事ではニッセイ基礎研究所の伊藤さゆり氏がロシアによるウクライナ侵攻が予測できなかった理由を解説します。※本記事は、ニッセイ基礎研究所のレポートを転載したものです。

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なぜロシアによるウクライナへの大規模侵攻はないと考えたのか?

ウクライナ情勢はロシアによる大規模な軍事侵攻という最悪のシナリオを辿り、今も緊迫した状況が続いている。

 

ウクライナ国境付近でのロシア軍の部隊の増強は、昨年10月末頃から始まり、1月には米国が脅威の高まりに注意喚起をするようになっていたが、ロシアによるウクライナへの大規模な軍事侵攻は予想外の展開だった。

 

なぜ、ロシアの行動を的確に予想できなかったのだろうか。ロシアの専門家らが可能性を否定していたという面では、ロシアの情報戦の間接的な影響を受けていたのかもしれない。最悪の事態を回避して欲しい、あってはならないという願望が働いた部分もあったかもしれない。

 

こうした背景に加えて、2つの読み違えがあったと思っている。

 

読み違え1|プーチン大統領は合理的に行動すると考えた

第1に、プーチン大統領のマインドセット(思考パターン)を読み違えた。

 

客観的に見れば、大規模な軍事侵攻は、ロシアが得られるものに対し、代償が大き過ぎ、合理的ではない。ウクライナを武力でロシアの支配下に置くような暴挙に動けば、ロシアの国際的な信認は決定的に傷つく。世論調査では、2014年のクリミア併合以来、親ロシアの割合が低下、北大西洋条約機構(NATO)や欧州連合(EU)への支持が高まっていた*1。ロシアが軍事侵攻は、ウクライナ国民の反ロシア感情を強める。軍事力によって親ロシア政権を樹立したとしても、支持を得られるとは思えないので、行動に移さないと考えた訳だ。

 

しかし、プーチン大統領が合理性よりも、自らの信念に従う判断を下し、大規模な軍事侵攻が現実のものとなった。

 

合理的か否かという見方にとらわれなければ、大規模軍事侵攻を決断するプーチン大統領のマインドセットは、過去の言動や、実際のロシアの動きによって、はっきりと示されていたことに気付く。14年のクリミア併合、ドンバスの2州(ドネツク、ルガンスク)での親ロシアの分離独立派による住民投票の実施は第一段階だった。プーチン大統領は、21年7月に公表した「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性について」と題する論文で、ロシアとウクライナ、ベラルーシは一つの民族であり、緊密な関係が潜在力を高める*2、欧州からの「反ロシア」計略も数百年にわたり続いている*3と自説を展開してもいる。

 

「ウクライナとロシアは1つの国」、「ウクライナはロシアの特権的な勢力圏に属す」、「ウクライナが東部でロシア語を話す人口に残虐行為を犯している」「ウクライナは故意にミンスク合意に違反し、西側はウクライナを武装させている」といった軍事侵攻の正当化につながる言説は、ロシア発の偽情報として、欧州対外行動庁(EEAS)がロシアの偽情報キャンペーンに対応するために立ち上げたタスクフォースが注意喚起をしてきたものだ*4

 

昨年12月にロシアが米国と北大西洋条約機構(NATO)に提案した協定案では、軍備管理のための対話とともに、米国にはNATOの東方拡大阻止、NATOには東方拡大をしない約束と、軍備を97年5月27日以前、冷戦終結後の東方拡大以前の状態に戻すことも求めている。米国とNATOは、今年1月のロシアに対する返答で、ウクライナへの脅威の緩和を条件に、軍備管理と対話に応じる姿勢を示している。

 

その一方、NATOの「すべての国は他国や外部の干渉なく安全保障の枠組みを選択し、変更し、将来を決める権利を有する」として、「オープンドアポリシー」の原則を維持、軍備を東方拡大以前の状態に戻す撤収の要求も退けた。ロシアは2月17日にロシアの立場を記した回答を米国に提示、「ロシアの提案は包括的な性格を持っており、全体として検討しなければならない」としてNATO不拡大や軍備の撤退の要求を含まない返答に不満を表明しいた*5

 

ロシアの提案は、ウクライナの主権を否定し、欧州の安全保障体制の時計の針を巻き戻すことを求めるものであり、米国とNATOにとって受け入れ難いものだった。この点について、ロシアは交渉を優位に進めるため、まずは高い球を投げたが、最終的には「ミンスク合意」*6に含まれるウクライナの東部の2州の高度の自治権を確保することで妥協するのではないかと考えた。

 

しかし、大規模な軍事侵攻が現実のものとなった今、ロシアの提案内容を改めて振り返ると、目的は、親欧米のウクライナの政権を打倒し、親ロシア政権を樹立し、NATO加盟を阻止するだけでなく、冷戦後形成された欧州の安全保障体制そのものを覆すことにあるように感じられるようになる*7

 

*1:Center for Insights and Survey Research (CISR) ‘’Public Opinion Survey of Residents of Ukraine’ 6-15 November, (202122年3月2日アクセス)pp.53-54。

*2:21年7月12付けでクレムリンのHPに掲載された。抄訳並びに解説として服部倫卓「ロシアとウクライナは「カインとアベル」?物議かもしたプーチン論文を分析する」(The Asahi Shimbun Globe 2021.7.29)

*3:湯浅剛「ロシア:政治的分断の構図と再協調への課題」岡部みどり編著『世界変動と脱EU/超EU』p.236

*4:EUvsDiSiNFO ‘Disinformation about The Current Russia-Ukraine Conflict – Seven Myths Debunked’ January 24, 2022

*5:「ロシア、NATO不拡大の要求譲らず 米への回答で強硬姿勢―来週後半に外相会談」時事ドットコムニュース2022年02月18日

*6:2015年2月、ロシア、ウクライナ、ドイツ、フランスの4カ国による首脳会談で合意した停戦協定。双方による武器の即時使用停止や、欧州安全保障協力機構(OSCE)による監視、ドネツク及びルガンスク州の特別な地位に関する法律を採択するなど13項目からなる。ロシアはウクライナ政府による協定の不履行に不満を表明していたが、ウクライナ側は停戦の完全な実施、重火器の撤退、OSCEによる監視のための、すべての領土への完全なアクセスが許可されないことが履行を妨げているとしてきた。

*7プーチン大統領の願望はソビエト連邦の再建と旧ソ連崩壊後にできた欧州の安全保障秩序の転覆とする見方として、「対強権主義、ウクライナ危機は「歴史の新局面」ウクライナ危機を聞く 米政治学者 フランシス・フクヤマ氏」日経電子版2022年3月1日

ニッセイ基礎研究所 経済研究部 研究理事

・ 1987年 日本興業銀行入行
・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
・ 2019年7月から現職

・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
・ 2015年度~ 早稲田大学大学院商学学術院非常勤講師
・ 2017年度~ 日本EU学会理事
・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員

著者紹介

連載ニッセイ基礎研究所レポート・インサイト

※本記事記載のデータは各種の情報源からニッセイ基礎研究所が入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本記事は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
※本記事は、ニッセイ基礎研究所が2022年3月2日に公開したレポートを転載したものです。

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