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理想をかなえる戦略と実践する戦略を考えた病院設計
■理想の医療を実現するための城を築く
インタビューがはじまり、石原病院長(当時)が最初に話したことは、理想の医療を実行するにあたり戦うための理想の城を築いたことについてである。戦国時代ではないが、その城である建物は理念をかなえるための戦略とそれを実践する戦術を考え、色、形、光、見え方、影でさえも計算され、ねじ1本にまでこだわっているのではないかと思わせるほど、神経質なまでに工夫されている。
建物はすべて医療安全や現場で働く目線に注力して、石原病院長(当時)自らが設計事務所にアイディアを提案して設計されている。例えば、ICUでは重症患者の把握を考慮し、不必要な柱を抜いている。石原病院長(当時)は、「ナースステーションから柱が邪魔で、看護師が重症の患者を随時見られない。柱の裏で患者さんの意識がなくなっているのが見えない職場では困る。構造や設計の美学があるかもしれないが、医療安全の側面や働く人の目線で設計してもらいたい。
海外の病院も参考にして、ベッドのタイプや機材が入ることも考えて、小回りが利く使いやすい設計にしてもらった。」と話す。最新設備を整えた12床のICUは、柱がないためか、とてつもなく広く感じる。次々と運ばれ、一刻を争う救急対応や重篤な疾患に対応するためには、この広さが理想的な大きさなのであろう。ICUは、効率を考え、11室の手術室を備え、手術センターの廊下と直結している。通常、手術室に向かう廊下は薄暗く無機質に作られているケースが多いが、ここの廊下はそれとは大きく異なる。
壁には絵具かクレヨンの箱を開けたような、色取り取りの鮮やかなカラーパネルが張られている。天井と床にはゆるやかな曲線が施されており、カーブからの光と影が暖かさを演出している。これは、設計のミーティングで設計会社から一旦反対されたエピソードを持つが、患者が抱く手術前後の恐怖感を少しでも和らげたい石原病院長(当時)の思いを込めて実現している。
病院のデザインブックを見ると、埼玉石心会病院のコンセプトの一つひとつが細部にわたり至るところにちりばめられており、一貫して患者と職員にとっての最善を考えてつくられている。まさに、この城は生命を守るための情熱と希望の砦である。
こだわりは様々なところで目にすることができる。正面玄関に入ると、穏やかな虹色の壁に目が行く。総合案内所のパネルは京都の工房で作られた和紙からできている。ここは、患者が緊張しながら入ってきて最初に目につくところだ。患者は年齢の高い方が多く、落ち着いた色調でお迎えし、緊張をほぐしたいと考えて作られている。1 階のカフェには、焼きたてのパンが並んでいる。ここは、待っている付き添いの家族や外来患者に人気がある。また、朝早くから働く職員のために、早朝からオープンしている。
各階のエレベーターを降りると、正面には4色に識別されたエリアの案内が示されている。その両横には、ガラス窓がアシンメトリーに配置されているためか、エレベータホールによくある圧迫感はない。ガラス窓からは、その向こう側にある階段の壁に描かれている木の葉が見える。ガラス窓が額縁に見え、高さを違えて絵が飾ってあるのだと勘違いしてしまう。
各フロアはABCDの4つのエリアに区切られており、各エリアは南フランスのプロバンス地方の写真と色彩で統一されている。プロバンス地方の特徴は、美しい台地と森の緑、ラベンダー畑の紫、澄み渡る空と海の青、エネルギー溢れるひまわりの黄だと言える。
この4つの景色を象徴する色が、写真とともに、エリアの目印に使われており、Aエリアは緑、Bエリアは紫、Cエリアは青、Dエリアは黄色で識別されている。この写真と色の再現にもこだわったと言う。元気になったら、こんな美しい景色を見に行きたい、患者がそう思える、自然の持つ生命力やエネルギーで元気になれる、美しい風景写真である。
杉本ゆかり
跡見学園女子大学兼任講師
群馬大学大学院非常勤講師
現代医療問題研究所所長