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体験型コンテンツをデジタル化して提供
物販が無意味と言っているのではない。重要であることは間違いないのだが、第1の仕事ではないのだ。カウフマンが説明する。
「もちろん、取引もあるし、とても大切です。でも、『私たちが何らかのブランドの後ろ盾になって活動する』ということと、『商品名はよく覚えてないけど、原価率は確か55%だ』という態度とでは、前者のほうが価値があるんです」
私が「キャンプ」の店舗を視察してから約1カ月後、ニューヨーク市はロックダウンに突入した。人とのふれあいを大事にする体験型ストアで、しかも開店まもない同店にとって悪夢のような展開だった。だが、カウフマンは、「キャンプ」の持ち味を即座にデジタル化して提示する方向に動き出した。
「メンバーから『バーチャル誕生会なんてどう?』というアイデアが出てきたんです。顧客のデータベースを見ると、誕生日の子供が毎日60~70人いることがわかりました。そこでデジタル誕生会をオンラインで開催する場を提供することにしたんです。この3カ月間に数千人の子供たちの誕生日をお祝いしましたよ。その後、子供たちのデジタル誕生会を応援してくれるスポンサーを募ることにしました。オーディエンスを用意したら、ブランドのパートナーシップを獲得するという、まさに『キャンプ』流のやり方なんですよ」
その動きに関心を寄せたのが、ウォルマートだった。2020年7月には「キャンプ・バイ・ウォルマート」が始動する。
「今年はオンライン版のサマーキャンプが多く開催されましたが、どれも似たような内容でした。家族でできることをまとめたPDFをダウンロードといった具合で。でも『キャンプ』というブランドを掲げる私たちには、そんなやり方ではおもしろみが感じられませんでした。そこでウォルマートと、インタラクティブな映像制作を手がけるエコーという会社の3社で手を組み、インタラクティブ動画を生かしたバーチャルサマーキャンプの開発に乗り出したんです。サマーキャンプを構成する1つひとつの活動には、ベースとなる商品があって、クリックひとつで購入できます」
ここでも、物販ではなく、まず体験づくりに注力することにより、「キャンプ」の持ち味を何らかのかたちで表現し、それをオンラインで伝えて収益化につなげている。
従来の小売業者も体験型の小売りに移行できると思うかと、カウフマンに疑問をぶつけてみた。彼は、しばらく考えた後、従来の小売業者の場合は基本的に成功のための施策が時代遅れのため、デザインに関する考え方を変革するのは難しいと指摘した。
<過去に何度もこういうことはありました。小売業者が革新に向けた極秘プロジェクトチームをつくったり、未来型ストアやイノベーション研究所の設置に乗り出したりしていますが、こうした取り組みの成果を測定するのは、本業の測定に使ってきた指標なんです。そんなことをやっている限り、まともに評価できるわけがありません。従来の指標では魅力的なものとか素敵なものは定量化できないので、結果的にそういうものがいつまでたっても定着しないんです。>
小売りの未来をどう見ているのかと尋ねたところ、悲惨であると同時に期待が持てるとして、次のように説明してくれた。
「既存企業がいくつも生き残っているとは思えません。例外は、世界のウォルマートとか必要不可欠なサービスを提供する店くらいでしょう。大量の空き店舗が生まれ、競合が少なくなれば、チャンスですね」
その流れで楽観的な方向に転換すると何が始まるのか。
「小売りのトップレベルでは、実用本位の場からエンターテインメント性を追求したもの、取引よりも発見に重きを置いた場に移行していきます。そうなるのが待ち遠しいですね」
消費者にとって商品を入手することはもはや最大の課題ではないというのが、カウフマンなど一握りの真の「アーティスト」型ブランドの現状認識なのである。見事に作り込まれ、印象的でわくわくするような体験を味わうことこそ、消費者が切に求めているものなのだ。そういう体験を用意してくれる独創性やスキルのある企業には、消費者が喜んで対価を払う。しかも、かなり気前よく払うようになる。
ダグ・スティーブンス
小売コンサルタント