飢えを知らない「ゲーム少年」の未来
公立病院を停年で辞め、3年前に都心から30分ほどのJR駅近くに心療医院を開いた。街中のクリニックは気安いからか、元いた病院より驚くほど雑多な悩みを抱えた人々がやって来る。無論子供たちも―。多くは学校に行かない引きこもりの子供たちだ。
中学1年生になったばかりの彼は、母親より大きな太った身体を持て余しているように見えた。祖母と母親が付き添ってきたが、熱があるわけでもないのに、母親の膝に頭をのせ、待合室の長椅子に寝そべって、しきりにゲームをやっていた。
中学校に入った途端に不登校になった。いじめに遭ったわけではなさそうだ。学校に行かない理由は、教師が気に入らないからだという。父親がクラス替えを求めたが、学校が受けてくれず、要求を通すために診断書を書いてくれと頼まれた。彼は、祖母とその娘である母親に溺愛され、遠くに赴任して滅多に帰らない父親との間に生まれた一人っ子だ。最近は自宅でもっぱらゲームに没頭しているそうだ。クラスを替えたら、本当に学校に行くだろうか。
祖母と母親は、すれっからしが多そうな公立小学校を嫌って、上品そうな私大の付属小学校に入学させることに成功した。その続きの中学に進学した矢先に不登校になった。母親が「宿題をしなさい」と言うと、部屋から出てこなくなる。ゲームを取り上げると「死ね!」と叫び、部屋の壁を蹴り始める。付属中学は進学校だから、同級生はみな部活か塾に通っている。
彼は、そういった仲間についてゆけないのかもしれない。何でも買ってくれる祖母と、有名私立小に通っていることを近所に自慢げに話す母親のもとで、彼はいつの間にか、自らを「王様」のように感じ始めたのかもしれない。
人は自分の顔を直接見ることができない。鏡を見ると己の顔がわかるが、人の心を映す鏡はなく、心は内側からしか見えない。詰まるところ、人は人と人との関係の中でしか、自分の姿を自覚できない。丁寧に話を聞くと、彼は同級生が恐いという。同級生はいじめたりしないが、彼が王様であることを認めないから、王様でない自分を見るのが恐いのだ。
昨今の教師は子供を滅多に叱らず、通信簿にマイナスの側面を書くこともしない。上からよいところだけを書くように言われるためだ。「うちの子が自殺したらどうしてくれる」と怒鳴りこむモンスターペアレンツにも懲り懲りだからだ。誰も叱ることのない存在、それが王様である。
それは、瀟洒なマンションの11階の一室でゲームの中の英雄と同化することで完璧に達成される。今、家の外で不適応を示す子供がおびただしい。親の育て方がよくない、教育が悪い、いじめのせいだ……。もっともらしい理由はいくらもあるが、彼らの多くが、心(脳)と身体が乖離しているように感じられるのは、私だけだろうか。
ゲームに没頭する少年は、内心では学校に行きたいと思っていても、自ら行動しようとはしない。こうした子供たちの多くは、ものを作ったり片づけたりする日常のこまめな運動が非常に苦手である。かかる少年は肉を好み、際限なく食べ、よく太っている。大抵のことは祖母と母がやってくれるから、ほとんど動かず、何より飢えたことがない。
動物行動学では「飢え」こそが脳と身体の結びつきを強め、困難な状況を乗り越える運動を生み出すことが常識になっている。人間だけ別世界の生き物ではあり得ない。
遠山 高史
精神臨床医
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