(※画像はイメージです/PIXTA)

定年後に心療内科を開設した、精神科医の遠山高史氏。予想を超えて悩める人々が押し寄せてくる事実に驚くなか、同氏のもとに1枚のハガキが届いた。※本記事は『シン・サラリーマンの心療内科』(プレジデント社、2020年9月刊)より一部を抜粋・再編集したものです。

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街中の診療医院に悩める人が押し寄せてきた

40年以上、精神病院で働いてきた。私と一緒に歳を取ってきた患者と別れ難いものがあり、定年退職後に街中に心療医院を開いた。心療医院とは精神医学的手法で心身の治療にあたる場所である。カーネル・サンダースは65歳で起業したというから、67歳の私もありかと、軽い気持ちで、古い患者(友人)と細々と付き合うつもりで、少し引っ込んだ住宅街に開院した。

 

小さいとはいえ精神科関連の医院となると、周辺住民の了解がないと開設許可は下りない。心配しつつ地域の役員の家に行くと「裏の家にもいるようなので、よろしく」と言われ、拍子抜けした。実際、開いてみると、予想を超えて悩める人々が押し寄せてきた。始めて3年に満たないが、1日50人くらいの患者が来る。週に1、2度手伝いの医者も来るが、ほとんどは一人で診療する。

 

例えば一人で働いて生活している間違いなく精神病の娘、子供の学費を稼ぐために残業して過労で死にたくなった父、PTAに責められて学校に行けなくなった若い教師、パラサイトのような男を養うためにダブルワークで疲弊している女性、不登校の子供に途方に暮れたシングルマザー、認知症の妻の介護に疲れいら立つ夫、夫のDVに悩み離婚を決意した2児の母、振り込め詐欺に遭って有り金を失った老齢女性……。

 

こういった人々にマニュアル通りに薬を出して済ませることもできるが、一歩二歩踏み込むと、思いもかけない隠れた物語が現れ教科書的対応は役に立たず、軽い気持ちで乗り切ることもできない。

 

これまで精神病院の中にいる不幸な人々と付き合うことが多かったが、どうやら平和そうな街中にいる人々も辛い人生を生きているようなのだ。そのあまりの多さに個々の資質とか責任に拠るとはとても言い切れず、世の中全体の変質によってもたらされた現象ではないかと、思えてくるのである。

 

実は私は精神科医になりたかったわけではない。学生時代は70年安保闘争の時代で、大学は大荒れだったけれど、エアポケットの中みたいに自由であった。授業にはほとんど出ず、さまざまなバイトの合間に、大学祭の実行委員や、アングラ劇団の公演をやり、テントを張って中でやる演劇の脚本を書いたりしていた。もちろん、はやりの学生運動にかかわり、演劇公演の看板と同じ乗りでアジ看板描きをやっていた。おかげで、3月の卒業を見送られてしまった。

 

7月になって、学生指導担当の整形外科の教授に呼び出され、「精神科医以外にはならない」という条件で卒業させると突然言い渡された。お前のような出来の悪い奴は精神科医にしかなれないと言いたいらしかった。はなはだしい偏見だが、私が学生運動の頭目であると勘違いし(興行主ではあったが)、追い出したかったようだ。

 

そんな風で私は精神科医になるしかなかった。たまに鬼の顔をした教授が卒業証書を丸めて私の顔に投げつけてくる夢を見るが、今では卒業させてくれたことに感謝している。そういった授業以外での経験が、その後の仕事の役に立った。何か楽しい時代でもあった。私も長く生きてきたほうだから、その昔と今とを比較して考察してもよさそうな気がする。私の医院に来る悩める人々を通して、今日の病んだ世相について考え、思い至ったことを、命のあるうちに筆を執ることにした。

 

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    ※本連載は遠山高史氏の著書『シン・サラリーマンの心療内科』(プレジデント社、2020年9月刊)から一部を抜粋し、再編集したものです。

    シン・サラリーマンの心療内科

    シン・サラリーマンの心療内科

    遠山 高史

    プレジデント社

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