航空機整備会社のベテラン技術者が「うつ病」になった原因【精神科医の解説】 (※画像はイメージです/PIXTA)

50歳ぐらいの航空機の整備会社のベテラン技術者は自分が整備した飛行機に乗れない。乗ろうとするとめまいや動悸、不安にかられるパニック発作が起きるという。なぜベテラン技術者は追いつめられたのか。精神科医が著書『シン・サラリーマンの心療内科』(プレジデント社、2020年9月刊)で日本人の心の闇を解説する。

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「安心安全」がうつ病を生む背景

定年で公立病院を辞め、3年前に都心から30分ほどのJR駅近くに心療医院を開いた。毎日驚くほどたくさんの悩める人が訪ねてくる。開院してから数カ月で、医師も看護師も足りなくなった。心の悩みは人それぞれだが、最近WHOが、世界でうつ病を病む人が3億2000万人を超え、10年前より18%増えたと発表した。アジアの途上国でもうつ病が急増しているそうだ。ご多分に漏れず、我が医院もうつ病が多い。

 

50歳ぐらいの暗い表情をした、航空機の整備会社のベテラン技術者がやって来た。彼は自分が整備した飛行機に乗れないことを非常に恥じていた。乗ろうとするとめまいや動悸、不安にかられるパニック発作が起きるようになっていたのだ。かかる有り様は乗る人にはなはだ失礼な話だから、誰にも言えない。死んでお詫びするしかない、と漏らす。

 

この数カ月で5キロも瘦せたが、それでも最近まで、何とか出勤していた。ところが、2日前に、ついに朝からめまいや動悸、不安の発作が起きるようになり、出社できなくなった。

 

少し以前に飛行場の中で運搬用の車を標識にぶつけてしまったことが、きっかけのようだ。破損はわずかで修理もいらない程度のものだったが、気分は激しく落ち込んだ。日頃は、飛行場内での運転を指導する立場であったが、あろうことか自分が事故ってしまったのだ。

 

これが、ひどい自信の喪失につながった。自分が整備した飛行機に乗れなくなっていたことがばれるのではないかと不安にかられた。なぜ、些細な事故で落ち込むのか。もともと滅入りやすいタイプだから。そうした説明もあながち間違いではないが、かなり前から彼の精神は疲弊し切っていた。

 

食品や化粧品に異物が混ざれば、膨大な品物の回収作業だけでなく、すべてのラインの点検が必要になる。まして航空機の場合、ビス一つでも紛失すれば、点検作業は際限がない。1年ほど前に、修理工場から機密扱いの部品が盗まれるという事件があった。

 

その時の捜索、点検、各機関への報告、謝罪に加え、再発予防の会議や現場確認、各種書類作成などに莫大な時間を費やした。当時修理のリーダーであった彼の睡眠時間は極限まで削られ、以前にも増して、おびただしい数の監視カメラが取り付けられることになった。持続する緊張と慢性的睡眠不足が、彼の精神を崖っぷちに追い込んだ。しかも、この地獄から、にわかに逃げ出す術がなく、彼はパニック発作を伴う消耗性うつ病と診断された。

 

パニック発作は単独でも起こるが、病理的にはうつ病とあまり変わらず、うつ病と併発することが多い。こういう人は、飛行機どころかおちおちエレベーターや電車にも乗れない。医学用語では「広場恐怖」というが、にわかに逃げ出せない場所にいると、自律神経の大混乱が起きるのだ。反対に速やかに逃げ出せる場合は、パニック発作は起きない。

 

文明社会に生きる人は交通手段として飛行機や電車に乗ることを免れない。そもそも、かのまじめな整備士は会社から逃げられるであろうか。彼は飛行機だけでなく、会社から逃げられないため、出社しようとするだけでパニック発作を起こすようになってしまった。

 

文明とはさまざまなルールを決め、そのルールに従うことで安心安全を保障するものである。その一方で過度の安心安全の追求が、人々を逃げられない場所に縛りつけ、パニック発作を伴う消耗性うつ病へ追いやるのではないか。私にはそう思えてならないのだが。

 

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精神臨床医

精神臨床医歴45年。新潟県出身。自治体病院長を経て、東京近郊で心療内科を開業。第12回千葉文学賞受賞、時々農民をやっている。

著者紹介

連載コロナうつと闘う精神科医の警鐘「日本人は救われるのか?」

※本連載は遠山高史氏の著書『シン・サラリーマンの心療内科』(プレジデント社、2020年9月刊)から一部を抜粋し、再編集したものです。

シン・サラリーマンの心療内科

シン・サラリーマンの心療内科

遠山 高史

プレジデント社

コロナは事実上、全世界の人々を人質にとった。人は逃げるに逃げられない。この不安な状況は、ある種の精神病に陥った人々が感じる不安と同質のものである――。 生命の危機、孤立と断絶、経済破綻、そして……。病院に列をな…

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