(写真はイメージです/PIXTA)

本記事は、ニッセイ基礎研究所が公開した東南アジアの経済予想に関するレポートを転載したものです。

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    各国経済の見通し

    2-1.マレーシア

     

    マレーシア経済は昨年、新型コロナウイルスの感染拡大を背景に経済が停滞した。国内外で実施された活動制限措置の影響が本格的に現れて2020年の実質GDP成長率が▲5.6%と急減した(図表7)。マレーシアは比較的早期にウイルスの封じ込めに成功して活動制限措置を段階的に緩和したが、経済活動の回復が遅れてマイナス成長を続けた。今年4~6月期の成長率はベース効果により前年同期比+16.1%に急上昇したが、7~9月期は同▲4.5%と再び減少することとなった。

     

    [図表7]マレーシアの実質GDP成長率(需要側)
    [図表7]マレーシアの実質GDP成長率(需要側)

     

    7~9月期のマイナス成長は感染再拡大を背景に経済活動が冷え込んだ影響が大きい。マレーシアは今年4月に第3波が生じると、政府が6月に全国的な都市封鎖を実施して生活に不可欠な業種以外の社会・経済活動を禁止した。感染者数は8月中旬に1日2万人台に達したが、ワクチン普及の加速も加わり、感染状況が改善に転じた。

     

    政府は9月上旬にクアラルンプール首都圏を「国家回復計画」の第2期(全4段階)に移行するなど段階的に活動制限を緩和したが、7~9月期の小売・娯楽施設への人流はコロナ前と比べて約5割減(前年同期の減少幅は約2割減)となり、民間消費は前年同期比▲4.2%と再び減少した。また操業規制の厳格化により企業の生産や投資活動に影響が及んで総固定資本形成(同▲10.8%)も減少、財・サービス輸出(同+5.1%)は増勢が鈍化した。

     

    先行きのマレーシア経済は、感染動向と活動制限措置によって経済活動が左右される状況が続くだろうが、更なるワクチンの普及により経済再開が進み、景気の回復が進むと予想する。足元の感染者数は1日4,000人台まで減少している。

     

    政府は感染状況の改善に伴い10月中旬に首都圏を国家回復計画の第4期まで移行しており、現在は州をまたぐ移動や観光の再開などほぼ全ての経済・社会活動が正常化している。従って、対面型サービス業など一部で厳しさが残るものの、ワクチン接種の更なる普及により全体としては経済活動が活性化するため、雇用情勢や企業・消費者マインドが上向いて内需が回復するほか、海外経済の回復が続いて輸出の底堅い成長が続くと予想する。

     

    また新型コロナ対策や景気刺激策に注力する政府が22年度も拡張財政(歳出は前年度比3.6%増の3,321億リンギ)を続けることも経済の回復を後押しするものとみられる。

     

    金融政策は、マレーシア中銀が昨年4会合連続の利下げ(計▲1.25%)を実施した後、8会合連続で政策金利を1.75%で据え置いている(図表8)。先行きのインフレ率は原材料価格の上昇や経済活動の再開により概ね+2%程度の緩やかな伸びが続くなか、中銀は金融緩和の程度を正常化するため来年後半に1回の利上げを実施すると予想する。

     

    [図表8]マレーシアのインフレ率・政策金利
    [図表8]マレーシアのインフレ率・政策金利

     

    実質GDP成長率は21年が+2.7%(20年:▲5.6%)、22年が+4.5%に上昇すると予想する。

     

    2-2.タイ

     

    タイ経済は昨年、新型コロナウイルスの感染拡大を背景に急速に景気が悪化、タイ政府が実施した外出・移動制限措置により経済活動が停滞して2020年の実質GDP成長率が前年比▲6.1%と減少した(図表9)。タイ政府は早期のウイルス封じ込めに成功して行動制限を段階的に緩めたが、本格的な経済再開には至らずマイナス成長が続いた。今年4~6月期は前年同期の落ち込みからの反動増により前年同期比+7.6%のプラス成長に転じたが、7~9月期の成長率は同▲0.3%と再び減少した。

     

    [図表9]タイの実質GDP成長率(需要側)
    [図表9]タイの実質GDP成長率(需要側)

     

    7~9月期の成長率低下は感染再拡大に伴う都市封鎖により国内の経済活動が冷え込んだ影響が大きいとみられる。タイでは今年4月から感染第3波が生じ、1日あたりの感染者数は6月末の5,000人程度から8月中旬には2万人台に達した。しかし、タイ政府が7月中旬に首都バンコクなど10都県(全77都県)で都市封鎖を実施すると、8月には封鎖地域を29都県に拡大するなど活動制限を厳格化したほか、ワクチン接種が加速したことによって感染状況は緩やかな改善に転じた。

     

    7~9月期の小売・娯楽施設への人流はコロナ前と比較して約2割減少するなど国内経済にブレーキがかかり、民間消費(前年同期比3.2%減)と総固定資本形成(同0.4%減)はそれぞれ減少した。一方、外需は順調に回復したため財・サービス輸出(同12.3%増)が好調を維持した。

     

    タイ経済の先行きは、感染動向と活動制限措置によって経済活動が左右される状況が続くだろうが、ワクチンの普及や外国人観光客の受け入れ再開などによって景気の回復が進むと予想する。

     

    足元の感染者数は1日3,000人台と減少傾向にあり、またワクチンの完全接種は国民の6割以上にまで普及しているため、タイ政府は10月半ばから都市封鎖の対象地域を段階的に縮小し、12月に入って解除した。

     

    また政府は11月から感染リスクの低い63カ国・地域を対象に検疫隔離なしで入国を認めるなど外国人観光客の受け入れを本格的に再開している。外国人観光客数が新型コロナ前の水準まで回復するには少なくとも1年は要するだろうが、雇用情勢や消費者・企業マインドが改善して、民間部門が回復するとみられる。

     

    財・サービス輸出は世界経済の回復や外国人旅行客の受け入れ拡大により増加傾向を維持するだろう。もっとも現在はオミクロン株の感染拡大のリスクがあり、依然として先行きに不透明感が漂っている。

     

    金融政策は、タイ銀行(中央銀行)が昨年3度の利下げを実施して以降、12会合連続で政策金利を0.5%で据え置いている(図表10)。消費者物価上昇率はコロナ前は低迷していたが、来年は原材料価格の上昇や内需回復、労働力不足などにより概ね中銀の物価目標圏内(+1~3%)で推移するだろう。政策金利は来年末にかけて1回利上げを実施すると予想する。

     

    [図表10]タイのインフレ率と政策金利
    [図表10]タイのインフレ率と政策金利

     

    実質GDP成長率は21年が+1.2%(20年:▲6.1%)、22年が+3.5%と上昇すると予想する。

     

    2-3.インドネシア

     

    インドネシアは昨年、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大を背景に経済活動が停滞して、2020年の成長率が前年比▲2.07%と減少した(図表11)。感染第1波の長期化によりインドネシア政府が各種行動制限を継続したため、経済活動の再開が遅れてマイナス成長が続いたが、今年4~6月期の実質GDPは実体経済の持ち直しと前年同期の落ち込みからの反動増(ベース効果)により+7%成長(前年同期比)に急上昇し、7~9月期の実質GDPは同+3.51%となり回復ペースが鈍化した。

     

    [図表11]インドネシア実質GDP成長率(需要側)
    [図表11]インドネシア実質GDP成長率(需要側)

     

    7~9月期の成長率低下は感染再拡大を受けて政府が行動制限措置を厳格化した影響が大きい。インドネシアでは6月中旬頃からデルタ株の流行により第2波が発生、感染者数は7月中旬に1日5.6万人に達した。政府は7月初旬にジャワ島・バリ島に緊急活動制限(PPKMダルラット)を実施し、出社を原則禁止するなど人の移動を大幅に制限すると、ワクチン接種の加速も加わり感染者数が減少に転じた。

     

    こうして小売・娯楽施設への人流が7月下旬にコロナ前より約2割減少したこと、また4~6月期の成長率を押し上げたベース効果や自動車奢侈税の減免措置による景気刺激効果が希薄化したことも7~9月期の成長率低下に繋がったとみられる。7~9月期は民間消費が前年同期比+1.07%(前期:同+5.92%)、総固定資本形成が同+3.74%(前期:同+7.54%)と鈍化した。

     

    先行きのインドネシア経済は、感染動向と活動制限措置によって経済活動が左右される状況が続くだろうが、ワクチンの普及に伴う経済活動の正常化により景気回復が進むと予想する。政府は8月から出社制限の緩和や商業施設の営業など経済活動の再開を段階的に進め、ジャカルタ首都圏の感染リスク区分は最も高いレベル4から現在レベル1まで引き下げているが、足元の感染者数は数百人台と沈静化したままとなっている。こうした感染状況の改善と段階的な行動規制の緩和により購買や生産活動は回復してきている。

     

    対面型サービス業の本格回復は期待できないが、ワクチン接種の更なる進展により企業・消費者マインドの改善や雇用情勢の改善が進むだろう。また2022年度も継続する国家経済復興(PEN)プログラムによる政府支出も景気の下支えとなるだろう。もっとも現在はオミクロン株の感染拡大などの景気下振れリスクも存在し、先行き不透明感が依然高い状況にある

     

    金融政策は、インドネシア銀行(中央銀行)が昨年2月以降に6度の利下げを実施した後、10カ月連続で政策金利を3.50%で据え置いている(図表12)。消費者物価上昇率は+1%台で推移しているが、経済再開が進むにつれて上昇して来年は中銀の物価目標圏(+2~4%)半ばまで上昇しよう。中銀は通貨ルピアの安定性を維持するため、来年半ばから緩やかな利上げを進めると予想する。

     

    [図表12]インドネシアのインフレ率と政策金利
    [図表12]インドネシアのインフレ率と政策金利

     

    実質GDP成長率は21年が+3.5%(20年が▲2.1%)、22年が+4.9%に上昇すると予想する。

     

    2-4.フィリピン

     

    フィリピン経済は昨年、新型コロナウイルスの感染拡大を背景に急速に景気が悪化、2020年の実質GDP成長率が前年比▲9.6%と減少した。感染第1波の長期化によりフィリピン政府が外出・移動制限措置を続けたため、経済活動の再開が遅れてマイナス成長で推移していたが、今年4~6月期は前年同期の落ち込みからの反動増(ベース効果)により成長率が前年同期比+12.0%に急上昇し、7~9月期は同+7.1%に伸びが鈍化した(図表13)。

     

    [図表13]フィリピンの実質GDP成長率(需要側)
    [図表13]フィリピンの実質GDP成長率(需要側)

     

    7~9月期の成長率低下は4~6月期の成長率を押し上げたベース効果の剥落や、政府が外出・移動制限措置を厳格化した影響が大きいが、経済回復の動きは続いている。フィリピンでは今年3月からデルタ株の流行により第2波が到来、8月末には感染者数が1日2万人台を突破した。しかし、政府が8月上旬に首都圏・周辺州の外出・移動制限措置を2週間最も厳しい水準に引き上げたことやワクチン接種の加速によって感染者数は9月から減少に転じた。

     

    7~9月期の小売・娯楽施設への人流はコロナ前と比較して約3割減少したが、前年同期の減少幅(約5割減)より小幅にとどまり、民間消費は前年同期比+7.1%と堅調な伸びを維持した。また総固定資本形成(同+16.0%)と財・サービス輸出(同+9.0%)も4~6月期から増勢が鈍化したが、高い成長ペースを保った。

     

    先行きのフィリピン経済は、引き続き感染動向と活動制限措置によって経済活動が左右されるだろうが、ワクチンの普及に伴う経済活動の正常化により景気回復が進むと予想する。政府は首都圏で実施する外出・移動制限措置を10月中旬、11月上旬に段階的に緩和して現在5段階の上から4番目に厳しい措置まで制限を緩めているが、足元の感染者数は1日数百人台まで減少している。

     

    また政府はウィズコロナ下の経済運営を模索しており、広範囲で厳格な制限措置が実施される可能性は低くなっている。対面型サービス業など一部で厳しさが残るものの、全体としては経済活動の正常化が進み、企業・消費者マインドの改善や雇用情勢の改善を通じて景気が回復しよう。また内需は海外出稼ぎ労働者の本国送金の増加や大規模インフラ整備計画「ビルド・ビルド・ビルド」の加速、来年5月の統一国政・地方選挙関連の支出、外需は海外経済の回復による輸出拡大が追い風となるだろう。

     

    なお、感染力が強いとされるオミクロン株の市中感染が広がると、景気回復に水を差す恐れがある。以前より人流は増えており感染再拡大のリスクに注意する必要がある。

     

    金融政策は、フィリピン中銀が8会合連続で政策金利を過去最低の2.0%で据え置いている(図表14)。足元では原油価格の高騰がインフレ圧力となり、消費者物価上昇率は前年同月比4.2%増と、中銀の物価目標圏(+2~4%)の上限を上回って推移しているが、コアインフレ率は依然として+2~4%に収まっており、21年には物価目標の範囲内に落ち着くだろう。中銀は21年半ばに景気回復の進展や米利上げに伴う資本流出の抑制を理由に政策金利の引上げに舵を切るだろう。

     

    [図表14]フィリピンのインフレ率と政策金利
    [図表14]フィリピンのインフレ率と政策金利

     

    実質GDP成長率は21年が+5.1%(20年:▲9.6%)、22年が+6.5%に上昇すると予想する。

     

    2-5.ベトナム

     

    ベトナム経済は新型コロナの感染拡大が直撃して、昨年4~6月期の成長率が前年同期比+0.4%に鈍化した(図表15)。もっともベトナム政府が水際対策を徹底して4月に全国的な社会隔離措置を適用すると、短期間で感染が収束して経済活動を再開したためプラス成長を保ち、2020年の成長率は前年比+2.8%となった。その後も今年前半までは堅調な成長が続いていたが、7~9月期の成長率は同▲6.2%と急減した。

     

    [図表15]ベトナムの実質GDP成長率(供給側)
    [図表15]ベトナムの実質GDP成長率(供給側)

     

    7~9月期の成長率の減少は、新型コロナ感染再拡大にための厳しい活動制限措置により経済が停滞した影響が大きい。ベトナムは今年4月末に第4波が発生すると、その後は南部を中心に全国的に感染が拡大した。

     

    7月上旬から中旬にかけて国内各地で社会隔離措置が導入されて事実上の都市封鎖に入ると、外出や地域間の移動が原則禁止になった。企業は感染対策として工場労働者の「労・食・住」を1カ所に集約する「工場隔離」が操業継続の条件となった。こうした厳しい制限が課されたことにより、1日あたりの新規感染者数は8月に1万人に達した後、感染状況は改善に転じたが、7~9月期の大半が製造業の操業規制やサービス業の営業規制が実施されたため、製造業の実質GDPは前年比▲3.2%(前期:同+13.8%)、サービス業が同▲9.3%(前期:同+4.3%)と減少した。

     

    先行きのベトナム経済は、引き続き感染動向と活動制限措置によって経済活動が左右される。当面は足元の感染再拡大に伴い活動規制を大幅に緩和できない状況が続くため、経済の回復ペースが緩やかなものにとどまるが、来年以降はワクチン普及に伴う経済活動の正常化が進むにつれて経済の回復ペースが強まると予想する。

     

    政府は10月中旬に新常態に向けて新型コロナ感染対策を見直し、経済再開に軸足を置いて柔軟な対策を各地に求めている。感染者数は11月下旬から再び1万人台を上回って推移しているが、感染対策が経済活動を大きく損なわないように配慮を求めており、これまでのような経済が停滞する事態は回避されるだろうが、本格的な回復も見込みにくい。

     

    来年以降はワクチンの更なる普及により感染状況が落ち着くなかで雇用情勢や消費者・企業マインドが改善して、民間部門が回復するとみられる。特に製造業は海外経済の回復や米中貿易戦争を背景とする生産移転、コロナ禍で在宅時間の増加が追い風となり、外資系メーカーを中心に電気電子製品の出荷が増加して生産の堅調な拡大が予想される。

     

    金融政策は、ベトナム中銀が政策金利を昨年6.0%から4.0%まで引き下げた後も、緩和的な水準で据え置いている。先行きのインフレ率は原材料価格の高騰により上向くだろうが、緩やかなドン高と政府の価格統制により+4%を下回って推移しよう(図表16)。景気回復が加速する来年に年1回の利上げを予想する。

     

    [図表16]ベトナムCPI上昇率(主要品目別)
    [図表16]ベトナムCPI上昇率(主要品目別)

     

    実質GDP成長率は21年が+2.4%と、20年の+2.9%に続いて低成長となり、ワクチンの普及に伴う感染改善と活動制限解除が進む22年が+7.2%に大きく上昇すると予想する。

     

     

    斉藤 誠

    ニッセイ基礎研究所

     

     

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    本記事記載のデータは各種の情報源からニッセイ基礎研究所が入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本記事は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
    本記事は、ニッセイ基礎研究所が2021年12月20日に公開したレポートを転載したものです。

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