「終の棲家」とは、いったい何か?
多くの老人ホーム、特に介護付きの老人ホームというのは、世話に困った親を子供の判断で強制的に入居させるところです。みなさんからの批判を恐れずに、あえて起きている現象だけで判断をすれば、「いらなくなった〝ゴミ〟を捨てる処分場が老人ホーム」です。
だから、一度入居したら、途中で出てきてもらっては困るし、最後まで、そこにいてくれなくては困ります。したがって、入居者の家族(主に子供)、老人ホームの運営会社は、ともに、この考え方に基づいてホームを運営しています。
この現象に対し、多くの方は、老人ホームは「高齢者にとって“終の棲家”だ」と言って、どちらかというとホームを高く評価しているように思います。現実的には単に、厄介払いをしているだけなのですが……。私はこの「終の棲家」という表現に対し、大きな違和感を持っています。
しかしこれが、基本的な今の老人ホームの運用実態です。だから、多くの子世代は、老人ホームのことを、真剣に考えることをしていません。そのために、自分の貴重な時間を使うこともしません。したがって、この本連載が熱心に子世代に読まれることもないのかもしれません。そう思うと本当に、虚しさだけが残ります。
こういう現実の中で「素晴らしい老人ホーム」や「良いサービスを提供する老人ホーム」が、この社会に出現すると思いますか? 出現するはずがありません。だって、まともな老人ホームなど、現実的には、誰にも求められていないのですから。
老人ホーム側に求められていることは、一部の富裕層向けの老人ホーム(入居金が2000万円超のホームが目安)を除き、超効率的に入居者を管理し、最終的には、家族や病院に迷惑をかけずに、入居者の生涯を終わらせることを目的として運営することです。
正確に言うと、介護保険法という法律がそのことを望んでいるので、介護保険法を忠実に厳守している老人ホームは、自動的にそうなっていきます。
唯一の例外は、介護保険報酬を当てにしなくても運営ができる有老ホーム、平たく言えば、高額な入居者負担が必要な高級老人ホームだけです。
したがって、今後は、工場や物流施設のように、より効率よく運営する仕組みや、機械を導入する老人ホームが増えていくはずです。
私たちは、やがて誰にでも100%やってくる「老後」のために、もっともっと真剣に、自分の老後の在り方について考えてみるべきではないでしょうか?
人生100年時代と言われています。現実的に考えても80年近くは生きると考えた場合、それ以前に比べてまともな仕事ができない最後の20年程度は、健康状態、経済状態がきわめて不安定の中で生きていくことになります。
この20年間をどう生きるのか? 実はこのことが、人生の中でかなり重要なキーワードだと私は思っているのですが、周囲を見渡しても、この部分に焦点を定めて生きている人は皆無と言ってもいいでしょう。
運よく、この連載とご縁のあった方は、老人ホームのことを考えるということを通して、ぜひ、自分の高齢期の生活についても考えてみてほしいと思います。
小嶋 勝利
株式会社ASFON TRUST NETWORK 常務取締役