(※写真はイメージです/PIXTA)

築40年の賃貸戸建て。耐震診断で「倒壊の可能性あり」と指摘されたため、賃貸人は立ち退き交渉をしましたが、貸借人に拒否されてしまいました。この場合、契約解除は認められるのでしょうか。賃貸・不動産問題の知識と実務経験を備えた弁護士の北村亮典氏が、実際の裁判例をもとに解説します。※本記事は、北村亮典氏監修のHP「賃貸・不動産法律問題サポート弁護士相談室」掲載の記事・コラムを転載し、再作成したものです。

高裁は立ち退き請求を棄却

本件の事例は、東京高等裁判所平成24年12月12日判決をモチーフにした事例です。

 

この事例で、当初、地方裁判所は賃料の約1年分程の立退料の支払いと引き換えに、賃借人に立ち退きを命じましたが、高等裁判所はこの判決を覆し、賃貸人からの立退の請求を棄却しました。

 

この事例で、高裁は、建物の老朽化の程度賃貸人側が建物を処分することの必要性と、賃借人側の居住継続の必要性を検討した上で、賃貸人側が立退料を提供したとしても解約の「正当事由」は認められない、と判断して、明渡請求を否定しました。

 

裁判所は、まず、賃貸人側の事情について

 

「本件建物又はその敷地を使用する差し迫った事情があるとまでは認められない」が、「本件建物を賃貸するより、本件建物を取り壊し他に売却することの方が利益があるということができる。」

 

と述べ、売却の方が利益があると判断しました。

 

しかし、老朽化の程度を踏まえた建替工事の必要性については、築40年経過していることや、耐震診断の上部構造評点が1.0以下であることを踏まえつつも、以下のように述べて否定しました

 

「賃貸人は、本件建物は古く、耐震性の点からも建替えの必要があると主張する。確かに、本件建物は、昭和47年にA社の社宅用として建築され、建築後約40年を経過しているが、

 

しかし、本件建物に居住するには格別の支障がなく、併せて本件建物の平成22年度の固定資産税評価額が53万2501円とされていることを考慮すれば、本件建物が大規模な修繕をしなければ居住できない状態にあるということはできない

 

次に、耐震の面から本件建物を建て替える必要があるのかについてもみてみることにする。

 

木造建物においては、上部構造評点が0.7以上1.0未満であると地震の際倒壊する可能性があると判定されており、そうだとすると、本件建物も、地震の際倒壊の可能性があることは否定できない。

 

しかし、本件建物の上部構造評点は0.96と1.0に近い数値である上、南北方向の耐力壁の補強により改善できるとされていることによれば、本件建物についての耐震工事は比較的容易であるというべきである。

 

そして、その費用負担は、賃貸人である被控訴人だけが負担するのではなく、賃料の増額等により賃借人である控訴人と応分の負担をすることで対処することも可能である。したがって、本件建物の上部構造評点が1.0を若干下回っている蓋然性が高いことをもって、本件建物の賃貸借に重大な影響を及ぼす事情があるとまでは言い難い

 

以上によれば、本件建物は古く、耐震性の点からも建替えの必要があるとの被控訴人の主張は理由がない。」

 

上記に加えて、裁判所は、賃借人側の事情については、

 

「賃借人は、本件建物の賃料等を遅滞することなく誠実に履行し、約19年にわたって本件建物を生活の本拠としてきており、他に転居したくない事情が存在する。」


と述べた上で、結論として、

 

「賃貸人側の事情としては、多額の負債があることから本件建物の敷地を利用しなければならないといった差し迫った事情はなく、また、本件建物を建て替えるまでの必要性もなく、あるとすれば、本件建物を賃貸しておくよりも本件建物を取り壊してその敷地部分を売却等して有効に利用したいという事情があるだけである。これら賃貸人側と賃借人側の事情を比較検討すると、本件建物賃貸借契約の解約には正当事由がないというべきである。」

 

と判断しました。

 

さらに、賃貸人は、賃料の約2年分の立退料の提供も申し出ましたが、この点についても、裁判所は、

 

「正当事由の主要な考慮要素である賃貸人と賃借人との建物使用の必要性の点等において正当事由が認め難い本件にあっては、上記金額の立退料の給付の申出の事実をもって、正当事由を補強することはできないというべきである。」

 

と述べて、立退き料を提供しても正当事由は認めない、と判断しました。

 

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