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GDP20%の医療業界をアマゾンが狙うと
「次はうちの業界か?」と、怪物企業の進出はどの企業も不安になるのだが、特に新規参入が閉め出されたまま寡占状態が続いている業界の既存企業にとって、厄介なことになる。
具体的には、銀行、保険、輸送、ヘルスケア、教育といった分野である。こうした業界は昔から自己刷新に消極的なうえ、新型コロナウイルスで各業界の弱点が白日の下にさらされている。そんな弱みを抱える企業があれば、食物連鎖のトップにいる怪物企業が新鮮な獲物を狙うように近づいてきて、飛びかかるタイミングを見計らっていてもおかしくない【図】。
■ヘルスケア
新型コロナウイルスの感染拡大で私たちの生活のさまざまな部分が大きく変わりつつあるが、多くの人々にとってデジタルヘルスケアも新たな現実となった。『ニューヨークタイムズ』紙記者のベンジャミン・ミュラーは次のように伝えている。
<ヨーロッパやアメリカで家庭医を担う1次診療のクリニックに、ものの数日で遠隔医療革命が到来してしまった。当初は感染に対する安全確保が目的だったバーチャル診療だが、今では日常的な病気はもちろん、早期治療を受けなければ命に関わるような隠れた病気の治療でも、家庭医の診察の大きな柱になっている。>
世界のヘルスケア市場の規模はおよそ10兆ドルで、ビジネスニュース配信大手のビジネスワイヤによれば、年平均成長率は約9%と見られている。『ブルームバーグ』によれば、アメリカだけで医療支出は4兆ドル近くに上り、GDPの20%弱を占める。この割合は世界最大だ。
食物連鎖の頂点で腹を空かせている怪物企業にとってはご馳走だ。むろん、どの怪物もすでに嗅ぎつけている。
2017年、アマゾンは「1492班」なる極秘チームを立ち上げ、多数のメンバーを集めるべく社内公募を実施した。医療記録からデータを抽出する技術開発に向けた調査活動に関わるチームだ。
さらに、アマゾンは、医療系スタートアップ企業グレイルに出資している。最も早期のステージで、治療可能ながんを血流から検出する技術を開発する会社だ。2017年上期に投資ラウンド「シリーズB」の段階で、アマゾンはグレイルに対して9億1400万ドルの出資を決めた。それに加え、競合するクラウドストレージ企業のボックスからヘルスケア・ライフサイエンス担当ディレクター、ミッシー・クラスナーを引き抜いている。
2019年12月、アマゾンは、医療従事者向けの音声文字変換(音声からの文字起こし)サービスを開始した。医師の口頭による説明や処方指示をカルテに直接記録するサービスだ。特に決定的と言える動きがあった。アマゾンは米投資・保険会社JPモルガンやバークシャー・ハサウェイと組んで、3社合わせて120万人の従業員を対象とした新たなヘルスケアプログラムを立ち上げたのだ。
このサービスを手がける合弁会社(後にヘイブンと命名)は、右肩上がりのコスト、面倒な事務手続き、病気治療より健康増進を優遇する不公平な扱いなど、アメリカの医療制度で長らく指摘されてきた欠陥の多くに切り込む方針だ(訳註:ただし、2021年1月に3社の方針の違いなどから同2月の事業終了が発表された)。