糖尿病患者は将来の健康より目先の食欲を優先
(2)患者は、どうしてその治療を選択するのか?
生活習慣病とは、不健康な生活習慣により起こる病気とされており、セルフコントロールが影響している。
このセルフコントロールには注意と努力が必要であり、思考や行動のコントロールは熟考的思考の任務である(Kahneman,2011)。つまり、セルフコントロールが影響する病気は、直観的思考の強さが影響している可能性が考えられる。
この直観的思考では予測的判断が行われるが、この予測には2通りある。第1は、長年の経験で培われたスキルや専門知識に基づく直観である。第2は、解くべき難しい質問を簡単な質問に置き換えるヒューリスティクスの働きに基づく直観である。
ヒューリスティクスに頼ると、答えには予測可能なバイアス(系統的なエラー)がかかる(Kahneman, 2011)。そのため、例えば、糖分を控える必要がある場合でも食べてしまうなどの誤った意思決定が起こり、それが原因で病気が悪化する場合がある。実際に、患者は性急性や選好の逆転などの認知バイアスの影響を受けながら治療を受けていることが明らかになっている。
なお、性急性とは、我慢ができずに現在の利益を性急に求める性質を持つことであり、選好の逆転とは、例えば、肥満者は将来の健康よりも現在の嗜好を優先してしまうなど時間選好率が高いことを指す(辻ほか,2016)。これらの影響を裏付ける実証研究を以下に示す。
辻ほか(2016)は、2型糖尿病患者147名を対象に食行動特性および認知バイアスの指標を用いたアンケート調査を実施し、生活習慣や臨床的管理指標と認知バイアスの関係を検討した。その結果、性急性が高い患者は、我慢できずにせっかちであり、現在の利益を性急に求める性格であり、将来の不利益を大きく割り引いて考えていた。
すなわち、目前の食欲の方を将来の健康より優先させる傾向があることが主張された。また、選好の逆転の傾向が強い患者は目移りしやすく、食事制限方法なども1つの方法を根気強くできず、目新しい方法に変更してしまうことから、食事療法が十分にできずにBMI(肥満度)の増加につながることが明らかになった。
平原・山岸(2011)は、乳がん患者の治療に関わるリスク認知(治療の成否や副作用の発生などへの見込み意識)への楽観性を構造的・定量的に記述し、それが初発・再発という闘病ステージでどのような差異を生じているのかについて100名の乳がん患者に対して調査票により確認し検討した。
その結果、再発乳がん患者全体の治療リスク楽観度は下がらないことが明らかになった。考察によると、Iyenger and Lepper(2000)が提唱する「Choice overload(選択肢の過多が選択の質および満足度の低下に繋がる現象)」を想起させている。再発体験は大きなショックではあるが、「まだ私には奥の手がある」という強い期待感が「心の支え」となり、強い副作用の可能性を示唆されてもなお、総合的な治療リスクへの楽観度が高く維持されていた。
このプラス面のみに注目した期待の1つとして、日進月歩で進化する乳がん治療の朗報は、「将来の切り札」としての漠然とした患者認知に作用し、全体として再発乳がん患者の治療リスク楽観度を維持していることが指摘されている。
尾沼ほか(2004)は、乳がん患者10名を対象としてインタビューを実施した。治療の意思決定プロセスの全容とそのプロセスに影響する要因を明らかにし、治療に関する意思決定を構造化した。その結果、意思決定プロセスでは、患者は病状の認知を確立した後に治療の不確実性を認知し、その後、治療の決定を行うプロセスを踏んでいた。治療の決定は、術式の選択肢がない場合、生命を最優先にするために乳房切除術を受けることを了承した。
一方、選択肢がある場合は、乳房温存術のリスクと乳房切除術に伴う結果を比較していた。したがって、温存術のリスクが大きいと認知すれば切除術を選択し、温存術のリスクが小さいと認知すれば乳房温存術を選択し、患者は葛藤を解消のうえ、治療を決定していた。また、情報を集めるほど不安が高まり、不安を低下させることはできないことが指摘された。
こうした悪循環を絶ち患者が納得できる意思決定を可能にするためには、患者の感情や考えを聴き、患者の不安を高める要因を突き止め、患者の不安を緩和させることが重要であり、これらは効果があることが示唆された。なお、昨今では、大多数の患者は、治療の選択に積極的に関与することを好み、患者自身による選択は、治療効果を向上させることが明らかになっている(Shay & Lafata,2015)。