(※画像はイメージです/PIXTA)

現在、新型コロナ感染拡大の影響で、在宅医療がスタンダードになりつつあります。麻酔科医から在宅医へと転身した矢野博文氏は書籍『生きること 終うこと 寄り添うこと』のなかで、「最期までわが家で過ごしたい」という患者の願いを叶えるために、医師や家族ができることは何か解説しています。

食物の嚥下や呼吸に問題はないが…「口が渇くんです」

翌日からEさんのサポートが始まりました。左半身の運動能力はかなり低下していましたが、残存している右半身の力で何とか歩行も可能でした。嚥下や呼吸も問題なく、大好きな焼酎の晩酌も続けていました。関節痛がありましたが、週二回はリハビリテーション施設へ通い、静かな療養生活がしばらく続きました。

 

しかし、初診から約四カ月後、浴室で立てなくなり、訪問入浴をお勧めしました。また約五カ月後、腹圧がかけられなくなり緩下剤を調整しました。体のあちこちの筋力が低下していることは明らかでしたが、食物の嚥下や呼吸は大丈夫とのことでした。ただ、口が渇くとの訴えが多くなりました。

 

空気が乾燥している冬の時期であり、診察上も呼吸はしっかりしていたので、口腔内への水分スプレーを処方しました。しかし後から考えると、これは何らかの予兆と考えるべき症状であったかもしれません。

突然「人工呼吸器を装着するか否か」の選択を迫られ…

そして運命の時は突然訪れました。口渇の訴えが始まってから約一カ月後、急に呼吸困難となり意識障害をきたしたのです。訪問看護師から緊急コールがあり、私はEさんの自宅に駆けつけました。訪問時意識は混濁し、呼吸は非常に浅く、口唇は紫色で、低酸素血症と判断しました。直ちにアンビューバッグで用手的に人工呼吸を開始し、最悪の事態は回避できました。呼吸も自力で何とか可能な状態に戻り、会話も可能となりました。

 

その後、救急車に同乗して救急病院に搬送しましたが、私の頭の中では人工呼吸器を装着するか否かという大きな課題が渦巻いていました。ALSの患者さんがこの決定をする場合、それなりの時間的余裕があるのが普通です。考える時間は普通数カ月はあることが多いのですが、Eさんは短時間でこの重大な決定を下さねばなりません。

 

救急病院の担当医には、初診時のEさんの希望を伝えました。そのときの私の予想としては、すぐに人工呼吸器を装着しなくても、一時的に顔マスクで呼吸を助ける機械もあるし、数日から一週間程度の時間的余裕はあるのではないか……と考えていました。

 

その予想どおり、救急病院では人工呼吸器なしで一晩は無事に過ごせたようで、病院担当医から「『人工呼吸器の装着はせず、自宅へ帰りたい』と言われています」との申し送りを受けました。

 

そして救急搬送の翌日、Eさんは自宅に帰ることとなり、私は病院までEさんを迎えに行きました。病室で声をかけると、ちゃんとした応答が返ってきましたが疲れた様子でした。その時点で私は、今回は何かを喉に詰まらせた偶発的な出来事をきっかけに、呼吸が一時的にできなくなったのだろうと考え、Eさんが自宅に帰られてから少し時間を使って、人工呼吸器装着について話し合いを持とうと考えていました。

 

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本記事は幻冬舎ゴールドライフオンラインの連載の書籍『改訂版 認知症に負けないために知っておきたい、予防と治療法』より一部を抜粋し、再編集したものです。最新の税制・法令等には対応していない場合がございますので、あらかじめご了承ください。

改訂版 認知症に負けないために知っておきたい、予防と治療法

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梶川 博、森 惟明

幻冬舎メディアコンサルティング

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