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アマゾンが金融サービスに乗り出したら?
そのまま5秒ほど様子をうかがった後、タネ明かしをした。
「もちろん、全部フェイクニュースです」
一拍おいて、何人かが思わず吹き出した。はっと我に返って安堵しているような表情だ。「な、俺の言ったとおりだろ?」と訳知り顔で隣の人に話しかけている姿も見える。なかには、まだ青白い表情のままの人もいる。だが、一杯食わされただけと知って、誰もが胸を撫で下ろしていることは一目瞭然だった。
「ニュースを信じてしまった方はどのくらいいますか?」
「アップルが銀行業に乗り出すと信じた方はどのくらいいますか?」
そう問いかけると、会場の大多数が手を挙げた。
「仮にそうなったら、正直なところ、あっという間に自分の銀行が波に呑み込まれると思う方は?」
やはり会場の大部分が挙手した。嘘偽りのない思いだろう。
銀行業界が何十年にもわたって低レベルの顧客体験でお茶を濁してきたことは確かだ。法外な手数料、人員削減、高飛車な貸付業務など、銀行は、客から二言めには悪口を言われる業界になっている。これでは、食物連鎖の頂点にいる怪物たちに、餌のありかを教えているようなものだ。実際、怪物たちはすでに匂いを嗅ぎつけている。
アリババグループ傘下の金融会社、アント・フィナンシャル(螞蟻<マーイー>金服、訳註:2020年にアントグループ、螞蟻集団に改称)は6年前まで影も形もなかった。それが現在では企業価値1500億ドルとされ、ゴールドマン・サックスグループの時価総額を上回ってしまった。
アントがアリババとは完全に別会社だったら、世界の銀行上位15行に名を連ねるほどの実力なのだ。また、アントはクレジットカード、クレジットスコアリング、融資、資産管理も手がけている。それでピンとこなければ、こんな事実もある。アントのファンドである余額宝は、2500億ドル以上の運用資産を抱え、世界最大のMMF(マネーマーケットファンド)だ。
この分野に触手を伸ばしている怪物企業はアリババだけではない。2019年にはアマゾンが少なくとも16以上のフィンテック系の商品やプラットフォームの設立、購入、借り入れを実施し、これを組み合わせることで同社の金融エコシステムを成長させる原動力とした。
また、アマゾンに出店するパートナー各社への融資も積極的に実施しており、2018年だけで外部出店業者に対する小規模企業ローンは10億ドルを超える。顧客には各種支払い条件も用意している。それもこれも、自社のエコシステムを拡大するための取り組みだった。販売業者が増えて、顧客も増えれば、支払う金額も増え、支払い先の販売業者も増える。その繰り返しだ。
金融専門誌『The Financial Brand』が先ごろ次のように書いている。
<昔ながらの銀行幹部のほとんどが頭を抱えているのは、そのうちアマゾンが「世界中の販売業者と顧客」の利便性を向上しようと、一種の当座預金口座サービスに準ずる商品提供に踏み切りかねないことだ。というのも、アメリカのアマゾンプライム会員は、全成人人口のざっと半分に相当する驚異的な数に膨れ上がっているからだ。アマゾンがその気になったら、どのような金融サービスであれ、とてつもない顧客基盤を持つことになる。>
ウォルマートも決済分野にじわりじわりと手を広げている。同社の「マネーカード」プログラムは、口座維持費や信用履歴の問題で銀行口座を持たない層・持てない層を対象としたプリペイド式のデビットカードで、この種のものとしてはアメリカ最大の流通系会員制プログラムである。
さらにウォルマートは先ごろ、フィンテック専門アクセラレーターのテイルフィン・ラボの経営支配権を獲得したと発表した。テイルフィン・ラボは、ECサービスと金融サービスにまたがった領域で先見性のある技術に重点投資をしている。
ダグ・スティーブンス
小売コンサルタント