「コンピテンシー・ディクショナリー」の限界
このように、能力や時間に比べて、パフォーマンスは把握することも向上させることも難しいのです。とはいえ、日本企業が従業員のパフォーマンス向上にまったく着手していなかったかといえば、そうではありません。コンピテンシーに基づいた、ある種逆算のような手段を模索していたのです。
コンピテンシーとは、ハイパフォーマーに共通してみられる行動特性のことです。例えば、ある企業のハイパフォーマーたちに「足りない知識を補うために、高い頻度で読書をしている」といった共通点があった場合、それがその会社にとってのコンピテンシーといえます。
そして、それらコンピテンシーをまとめたものをコンピテンシー・ディクショナリーと呼び、多くの企業はこれを利用することで従業員のパフォーマンスを把握しようとしていたのです。
つまり、ハイパフォーマーたちがどういった行動をしているのかをデータとして集め、それらと同じ行動をしている従業員をハイパフォーマーだと考えるということです。先ほどの例でいえば、「高い頻度で読書をしている人」をハイパフォーマーととらえるのです。
こうすることで、数値として可視化できないパフォーマンスの部分を、逆算的に推し量ることができます。
しかし、この手法にはいくつかの問題点があります。
まず、コンピテンシー・ディクショナリーの用意そのものが難しいことです。業界ごとに、雛型のような標準的なものは存在しますが、同じ業界であっても、ある会社のコンピテンシー・ディクショナリーがほかの会社でも使えるかというと、そんなことはありません。なぜなら業務の進め方は会社ごとに違うからです。業務の進め方が違えば、当然ハイパフォーマーたちの行動も変わってきます。
したがって、ある会社の人事部門がコンピテンシー・ディクショナリーを作成しようと思ったら、自社のハイパフォーマーを集めて討論した結果をまとめるか、人事専門のコンサルティング会社に依頼して、ハイパフォーマー社員へのアンケートや取材を基に作ってもらうという形になります。
ところが、その段階になって新たな問題が生じます。それは、苦労して作成したコンピテンシー・ディクショナリーを見ても、「自分の意志で決断し、結果に責任を負う」というような当たり前のことしか書かれていないことがほとんどだからです。行動指針にはなりますが、どの程度「自分の意志で決断し、結果に責任を負ったのか」を数値的に評価するのは困難ですし、そもそもどうすれば「自分の意志で決断し、結果に責任を負う」ことができるようになるのかも分かりません。
そして最後の問題点は、コンピテンシー・ディクショナリーによる評価を数値化できないことです。目標管理制度がある会社ならば、上司はコンピテンシー・ディクショナリーを見ながら、部下が「自分の意志で決断し、結果に責任を負っていたかどうか」を評価することになります。仮に5段階評価で点数を付けるとしても、極めて定性的で、上司の部下に対する心証に左右される可能性もあります。また5段階評価で2と評価された部下が、上司に対して「3に上げるためにはどうしたらよいでしょうか?」と相談しても、上司は説明できません。
このように、コンピテンシー・ディクショナリーを利用したとしても、従業員のパフォーマンスを「正確に」測定・向上させるのは非常に難しいといわざるを得ません。
そうした問題もあって、日本ではコンピテンシーによる定性的な評価や指導が行われてきましたが、そのやり方でパフォーマンスを向上させることはできませんでした。このことが日本の生産性が向上しない一つの原因だといえます。
梅本 哲
株式会社医療産業研究所 代表取締役
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