(※写真はイメージです/PIXTA)

日本生産性本部の「労働生産性の国際比較」によると、日本の2019年の一人あたりの労働生産性はOECD加盟37ヵ国中26位と、1970年以降最悪の結果となりました。主要先進7ヵ国中においては1970年以降は常に最下位であり、格差は拡大する一方です。なぜ、日本の生産性は何十年間も低迷しているのでしょうか? 本稿では「人事」に着目して考察していきます。

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「公平な人事」は生産性を下げる一因

日本の生産性が向上しなかった原因はたくさんあります。その一つが、日本企業の人事評価そのものの考え方です。日本企業の人事評価は、給与や賞与、あるいは昇格を公平に決めることが最も重要視されていたということです。

 

どのような会社であっても、同学歴で同期入社した人が定年まで同じ給与・賞与・職級ということはありません。賞与は1年目こそ同じかもしれませんが、2年目以降差がつくのが普通ですし、職級に関しても管理職になれる人となれない人、管理職になったとしても部長になれる人とそうでない人が出てきます。それに伴って給与も違ってきます。出世した人はうれしいでしょうし、出世できなかった人は面白くないのが普通です。

 

欧米のように転職するのが普通であれば、面白くなかったら退職して、別の会社で再起を図ろうとするでしょう。しかし日本は、かなり崩れてきたとはいえ、まだまだ終身雇用・年功序列が人事制度のベースにある国です。以前はもっとその傾向が強く、トップにいる人たちの多くは終身雇用・年功序列の世界でずっと生きてきた人たちです。

 

終身雇用の世界では、人事の不平・不満は尾を引きがちで、昇格・昇給には納得のいく理由が必要です。心の底から納得できないとしても、筋が通っていて、反論ができないような人事評価が必要です。

 

また、ある程度の平等感も必要です。これも昔よりは格差が広がってきたとはいえ、日本は社長と従業員の給与格差が諸外国に比べると極端に小さい国です。週刊ダイヤモンド編集部が2018年に行った調査では、社長と従業員の給与格差が日本で最も大きい会社で41.7倍でした。

 

50位の会社で9.4倍、つまり10倍を割っています。同じ年の米国の平均は361倍ですから、日本はいかに格差が小さいか分かるかと思います。

デキる人ほど、国内で働くうちに意欲喪失

パフォーマンスを基準に人材を分類すると、ハイパフォーマー・アベレージパフォーマー・ローパフォーマーの3種類に分類できます。生産性が高い人は「ハイ」、普通の人は「アベレージ」、低い人が「ロー」といった具合です。

 

この「公平な人事」は、ハイパフォーマーには物足りません。平均的なパフォーマンスを仮に100とします。パフォーマンス200の人がいたとして、給料の差がほとんどなければ、「給料分だけ働けばいいや」と思う人も出てきます。本稿でいう生産性は、「生産性=能力×時間×パフォーマンス」です。給料分だけ働くということは、パフォーマンス100の人と同様の生産性を発揮するということですから、能力は変わらないので、時間が短くなります。

 

時間が短くなることで残業が減るというのであれば、それは良いことですが、勤務時間をもて余して、就業中にネットサーフィンをしたり、インプットと称して自分の興味のある本を読んだりする人も出てくるかもしれません。だとしたらもったいないことです。ハイパフォーマーが本来発揮できる生産性を発揮してもらえないからです。これも日本の生産性が向上しない一つの理由です。

 

また、「サボる」だけならば、まだよいかもしれません。実際によく起こる問題として、ハイパフォーマーを海外勤務させると、帰国後に転職してしまうという話があります。海外で自分と同世代の人がパフォーマンスを最大限に発揮して活躍し成長しているうえに、高報酬も得ているのを目の当たりにすることになるからです。

 

そうなると、ばかばかしくて今の会社にいることに意義を感じません。海外経験だけ積んで、帰国したらすぐに辞表を出すということがあとを絶たないのです。海外勤務後の退職を防ぐために会社によっては、「海外勤務からの帰国後3年間は転職しない」と一筆書かせるところもあると聞きます。

 

逆に海外勤務をさせることで、ハイパフォーマーをやる気にさせている会社もあります。

 

ある証券会社では、2年目ぐらいになると、見込みのある社員を9ヵ月間、海外の15都市に滞在させます。その間、仕事はしなくてもいいから好きなことをやれと言われてロンドンを選んだ若手社員が現地の若手ハイパフォーマーがイキイキと働いている姿を見て、「自分に足りなかったのはパッション(情熱)だ」と俄然発憤し、帰国後、バリバリ仕事をし始めたそうです。給与に関しては歩合制になるのですが、本人たちは納得して受け入れ、結果的に高額の歩合を受け取ることで収入面での満足感も得ています。

日本の人事部は「人材育成機能」が圧倒的に弱い

日本の人事には公平・平等な評価・処遇を与えようという目的意識はありましたが、人事によって生産性を高めようという考え方はありませんでした。そこが実は諸外国、特にほかの先進諸国と違うところです。

 

人事部の英訳を調べると、“Human Resource Department”という訳が出てきます。略すとHRです。このHRという言葉は、日本でもこの20年ぐらいでかなり普及しました。

 

そのため、人事部をHRと表記したり呼称したりすることに違和感がない人は多いと思います。

 

しかし、人事とHRは本来違うものです。「人事」は労務管理というべきもので、このなかには採用、勤怠管理、給与計算、昇進・昇格、福利厚生などが含まれます。一方「HR」は人材育成というべきものです。こちらには、研修やキャリアプラン、あるいはコーチングなどが含まれます。もちろん日本の人事部にもHRの機能はありますし、海外のHRにも人事の機能はあります。一方、日本の場合、重点は「人事」におかれてきました。したがって公平・平等を旨とする考え方が強く、人材を育成することで企業の生産性を高めるという考え方が弱かったといえます。

 

それが海外では、HRすなわち人材育成がメインであり、いかにして就労者の生産性を高めるかということに心を砕いてきました。この差が、何十年にもわたる日本の生産性低迷の大きな原因になっています。

「ハイパフォーマーへの好待遇」が生産性向上の近道

例えば海外では、ハイパフォーマーには高給と地位をもって待遇します。大学院を出たてのハイパフォーマーが、日本円にすると何千万円もの高給で迎えられることは珍しくありません。日本ではどんなに優秀でも新卒で数千万円という給料を出す会社はなかなかありません。それどころか、修士や博士卒が生涯賃金では不利という傾向さえありました。

 

海外でハイパフォーマーに対して好待遇を与えるのは、ハイパフォーマーに十分力を発揮してもらうことが生産性向上につながることを理解しているからです。

 

先ほどの例で、パフォーマンスが100の人と200の人を比較しましたが、プログラマーや先端技術のエンジニアなどはもっと差が出る場合があります。パフォーマンスが常人の10倍の人がそのとおりのパフォーマンスを発揮してくれれば、その人一人で10人分の付加価値を生み出すわけです。そのような人が何人もいれば、企業の生産性は自然と高まります。

 

しかし日本式の公平・平等な人事制度では、ほかの人と同等ということはなくても、せいぜい1.5倍〜2倍程度しかパフォーマンスを発揮してもらえなくなります。同じ10倍のパフォーマンスの人が、海外では10倍の付加価値を生むのに、日本ではせいぜい2倍しか生んでくれません。当然ながら、海外との生産性格差は広がる一方です。

 

まずはハイパフォーマーに対して、それにふさわしい処遇をします。それだけで、日本の生産性はかなり高くなるはずです。

ハイパフォーマーの次にローパフォーマーを引き上げる

もう一つ日本の人事の問題点は、ローパフォーマーを、「飼い殺し」にしてしまうことです。日本企業は、40代半ばから50代にかけてのシニア層にローパフォーマーが多く見られる傾向があります。

 

その要因としては、1980年代後半以降著しく進展したIT化が挙げられます。特に1990年代半ばのインターネットの爆発的な普及は、生活だけでなく仕事のやり方も大きく変えています。シニア層は新しい仕事のやり方についていけず、この頃からシニア層のローパフォーマーが増え始めたのです。その傾向は今も続いており、ここ数年のデジタル化の波でさらに拍車が掛かっています。

 

そのためシニア層を「お荷物」のように思っている企業は多く、業績不振でリストラする際には、まずシニア層から早期退職の勧告をするケースが目立ちます。一方で、ローパフォーマーと思われていたシニア層を再生し、ハイパフォーマーやアベレージパフォーマーに引き上げた会社はいくつもあります。

 

ローパフォーマーはシニア層だけではなく、若手にも中堅層にもいます。もちろん彼らを引き上げていく必要があります。若手や中堅のローパフォーマーを引き上げるには、実はハイパフォーマーの力が必要です。そのため、順番としては、ハイパフォーマーを引き上げ、続いてローパフォーマーを引き上げるほうが理に適っているといえます。

 

梅本 哲

株式会社医療産業研究所 代表取締役

 

 

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※本連載は、梅本哲氏の著書『サイエンスドリブン』(幻冬舎MC)より一部を抜粋・再編集したものです。

サイエンスドリブン 生産性向上につながる科学的人事

サイエンスドリブン 生産性向上につながる科学的人事

梅本 哲

幻冬舎メディアコンサルティング

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