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購入する「商品」がバーチャルになる?
そんなころ、ある出来事がきっかけで、シンの考え方や仕事の方向性が変わり、新たな一歩を踏み出すことになった。
「いつだったか、VRヘッドセットを試したんです。Oculus DK2 の初期のバージョンでしたが、『こんなふうに買い物したいよね!』って、ひらめいたんです。絶対、未来はこうなると思いますよ」
そしてシンは、自分の会社オブセスを立ち上げ、その未来に向かって走り始めた。オブセスは、ブランド各社を顧客に、ユーザーにブランドの世界観にどっぷりと浸かってもらえる魅力的なショッピング体験づくりに取り組んでいる。
シン率いる同社は、典型的なグリッドフォーマットを使った従来のブランドサイトやECサイトとは一線を画するオンライン環境の構築を得意とする。およそ思いつく限りのあらゆる形状、あらゆる形態が実現できるという。
ユーザーは、携帯端末やデスクトップPCのブラウザーを使って仮想空間を歩き回ることができる。ユーザーが歩き回る空間は、従来型の店舗に近いイメージでもいいし、まったく違う斬新な空間でもいい。同社のクライアントのあるブランドは、さまざまな奇抜な環境を舞台にしたショッピング体験を生み出した。はるか遠くの惑星だったり、砂漠だったり、未来都市や海の中まである。
シンによると、唯一、制約があるとすれば、クライアントの想像力だという。パンデミック前は、トミーヒルフィガーやアルタ・ビューティー、クリスチャンディオールなどのブランドが早い段階から関心を示していたという。パンデミックとともに電話が鳴りやまず、問い合わせは前年の4倍に達した。
気になるのは、効果だ。シンによれば、滑り出しは好調だという。サイト滞在時間やコンバージョンレート(サイト訪問者のうち、購入など最終成果に至った割合)、平均注文金額(AOV)など、神聖視されているECサイト指標が大きな伸びを見せたからだ。
オブセスをはじめ、同様の企業が手がけるプラットフォームには、潜在的なメリットがいくつかある。第1に、検索用キーワードや商品紹介の静的ページ(状況にかかわらず固定された内容が表示されるウェブページ)を使わず、オンラインショッピングに発見の要素を加えることができる。ユーザーは、空間内を文字どおり動き回りながら、商品を目にしたり、メディアによる体験を味わったりする。第2に、こうしたプラットフォームでは、友人などと一緒に同じ場を体験しながらショッピングを楽しむことも可能だ。
シンはさらに興味深いアイデアを披露してくれた。購入する「商品」の多くがバーチャルなものになったらどうかというのだ。つまりそもそもバーチャルな商品を買うということだ。仕事や社会生活がオンライン化していったら、たとえば、バーチャルな衣料品やアクセサリーを購入するようになるのだろうか。
エスティローダーのバーチャルな化粧品とか、シャネルのバーチャルなメガネ、プラダのバーチャルなジャケットなどである。そうなったら、宅配のドアチャイムが鳴るのを待つことなく、すぐその場でバーチャルに新製品をダウンロードして着用するわけだ。
バーチャル製品がリアルな製品に取って代わる世界に入り込むようになったら、オンライン体験は、現実の体験が持つ社会的な価値やその場の雰囲気に浸れる感覚に取って代わることができるのだろうか。在庫切れや貧相なサービス、人混みなどを気にすることなく、何の葛藤もなくオンラインの世界を選べるのだろうか。
言い換えれば、バーチャルショップがまもなくリアルショップに取って代わるということなのか。流通の観点から言えば、それは確かだ。実験という観点から言えば、何ごとも不可能はない。