厚生労働省の意識調査(2017年)によると、日本国民が最期を迎えたい場所として「自宅」が69.2%と最多となった一方、同省が公表した人口動態(2019年)によると、実際の死亡場所は「病院」が71.3%と最も多く、「自宅」は13.6%に留まるなど、希望と現実には大きな乖離が生じています。がんの末期患者が最期を迎える場所として「自宅」を希望したとき、医師や患者の家族は本人に対して何ができるのか。医療法人あい友会理事長の野末睦氏が在宅医として経験した、ある忘れられない経験を語ります。

在宅医療の選択によりもたらされた「最期の時間」

鈴木さんは、その退院調整会議から一週間後に退院し、私は退院翌日のお昼頃、鈴木さん宅に訪問診療に伺いました。

 

太田市の郊外の田園の中に1軒で独立して立っている築5年くらいの素敵なお家で、家の周りにはうずたかく薪が積まれています。

 

玄関のチャイムを鳴らして、ドアを開けると、3匹の小さな黒い犬が出迎えてくれました。私も、同行した看護師も、歓迎してくれているのかと思わず笑顔になりました。

 

退院調整会議でお会いした義娘さんに出迎えてもらって、玄関のすぐ脇にある、木の香りが満ちたフローリングのリビングに入っていきました。壁も木でできていて、薪ストーブが据えられています。大きく開かれたガラスの開口からは、眼前に広がる田んぼが見渡せます。

 

「こんなに素敵な家なら、最期の時を過ごしたいという希望も当然だな」と思いました。鈴木さんは、そんな素敵なリビングに続く部屋の電動ベッドの上で静かに休んでいました。

 

もともとはダイニングとして使われている部屋です。そのベッドの傍らで、義娘さんは笑みを浮かべながら、昨日からの様子を語ってくれました。

 

その話によると、鈴木さんの退院後、ご近所や少し遠いところに住んでいる、本当に近しい親戚が入れ代わり立ち代わり訪れて、4時間近くも話し続けたそうです。そのあと、急に静かになったかと思ったらうわごとを一晩中言い続け、今朝になって、やっと静かに眠るようになったとのこと。

 

診察の際、呼びかけに対し、やっとうっすら目を開けるけれど、またすぐに閉じてしまい、声を出すことはできない様子でした。また、血圧は少し低めですが、100はあり、脈もしっかりしていました。ただ、おしっこがあまり出ていないとのことや、幸い痛みはないようだということなどがわかりました。

 

かなり弱ってきているとは思いましたが、昨日からの様子を聞き、「退院できてよかった」と思いながら、帰路につきました。

 

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