うつ病女性「30年前のトラウマ」…どう解きほぐしたか
手探り状態でスタートしたカウンセリングオフィスのオープン当初の患者のなかに、過去に問題を抱えていると考えられるうつ病の壮年期の女性がいました。
現在のうつ病を引き起こしている要因は、夫との関係がうまくいかないことでしたが、話を聞いていくと彼女は20代の頃に別の男性から性被害を受けていることが分かりました。
どんなに時間が経っていても、この件が当時の彼女に、そして現在の彼女にも大きな影響を与えてしまっていることは明らかでした。
彼女は、この性被害について他人に打ち明けるのは初めてだということでしたが、単に過去の心の傷を告白するだけでなく、その傷を引きずり続けている彼女自身の像をともに作り上げ客観視できるよう誘導することで、当時の自分に何が起こったのか、その問題はいったい何だったのかということを理解し整理しようと考えました。
彼女自身の像を作り上げる共同作業を通じて、私自身のなかに、あるときふと、「弁護士に相談してはどうか」という一つの提案が浮かびました。
30年以上前に起こった事件ですから、刑事責任を問うとか、慰謝料を請求するといったことはできませんが、それでも、自分に起こったことが社会的にどう評価されることなのか、当時の自分は何ができたのかが分かるだけでも、心の整理ができるのではないかと考えたのです。
幸い、とても良い弁護士が見つかり、彼女の話を親身に聞いてくれました。当時の彼女には、その問題に対してどんな行動を起こす選択肢があったのか。その一つひとつがもたらすであろう結果を丁寧に検証し、説明してくれたそうです。
性犯罪が今よりもずっと軽んじられていた時代を生きてきた彼女は、自分にも落ち度があったという自責の念を抱き続け、その落ち度が何なのか、密かに気にし続けてきたのでしょう。
たとえ30年経ってからであっても、過去の自分の身に降りかかった出来事は犯罪であり、自分は被害者であること、行動を起こせば相手に刑事責任を負わせることができた可能性が高いと確認できたこと、そして今の自分にできることをやりきったことである程度納得し、心の整理をつけることができたのです。
このケースに対し、「そこまでやるか」と思う人もいるかもしれません。精神科医が自分で治療を完結させずに、弁護士という外部の専門家に頼ることに疑問をもつ人もいるかもしれません。
実際、多くの精神科医やカウンセリングのプロである臨床心理士は、患者自身に行動を起こしてもらうということを重視せず、すべて診察室やカウンセリングルームの中で問題を解決しようとする傾向が強いです。
しかし、それは一つのフレームでしかありません。患者自身が弁護士事務所に足を運び、相談するという体験そのものが広い意味での行動療法であり、こうしたアプローチが効果を発揮する例はあるわけです。
この患者の場合、うつ病の引き金は夫との関係であり、それが未解決である以上、劇的な症状の改善があったわけではないのですが、それでも、夫との現在進行形の対人関係の刺激で、気分の悪化を繰り返すことが少なくなり、症状が安定してきました。そしてその後、性被害の話はいっさい出なくなりました。
過去の経験を整理するだけで疾患がすっきり治るというほど問題は単純ではありませんが、やはりこれは心に深く刺さった棘として彼女のストレス耐性を著しく下げていたと考えられます。
何より、患者本人が自身の問題を客観視し、自身の行動で心の整理をつけられたと満足できたことで、現在の問題に対しても解決や改善を目指して主体的に行動できるようになりました。