最初に担当したのは「鉄格子の保護室に入院」する患者
私自身、大規模な病院、小規模なクリニックで勤務医を経験し、医師一人の努力ではいかんともしがたい構造的な問題に直面してきました。
医学部卒業後、臨床研修に入る際に、すべての科を診療できることに魅力を感じて家庭医療を志した私は、横須賀市にある地域医療支援病院で総合診療の初期研修プログラムを選びました。そのなかに、精神科の研修も含まれていました。
その研修で最初に担当となった患者は統合失調症に罹患した中年女性でした。古い病院だったこともあり、絵に描いたような鉄格子の保護室に入院していました。少しでも興奮すると病室をめちゃくちゃにしてしまう危険な患者という扱いを受けていて、その患者の担当医で私の指導医であった先生からは「この人はもう治らない。一生こんな調子だ」と説明を受けました。
実際、カルテを見ても、「妄想が続く」と一言書いてあるだけで、ほかにはなんの情報もありません。
研修医として彼女の話を聞くと、確かに妄想はあるのですが、そうではないと思われる部分も多くありました。息子の思い出を話しながら涙を流す姿は生きた記憶と情動を保っており、妄想に冒されていないこころの動きが確かにあったのです。そのため、私は「彼女は統合失調症ではなく妄想性障害なのではないか」と偉そうにカルテに記入していました。
今、精神科医として振り返れば、彼女は確かに統合失調症だっただろうとは思うのですが、このときが初めて患者をカテゴライズするだけの医療に疑問をもった瞬間だったと思います。「統合失調症」「妄想が続く」というラベルを貼って、それ以上を見ようとしない。彼女の内的な世界にはそんなラベルだけでは語れないことがたくさんあるのに、たった一言で片づけられてしまっていることに強い違和感を覚えました。
この一件で使命感に突き動かされたというほど大げさな話ではないのですが、目の前にベストとは思えない医療が存在したことから、これは取り組む意義があると思い、精神科医を目指すことになったのです。