小さな「カウンセリングオフィス開設」実験をスタート
もともと、将来的には開業して自分のクリニックをもちたいと考えてはいましたが、なんの工夫もしないまま、既存の診療モデルで開業することは自殺行為だとも自覚していました。
だから、その前にある実験にチャレンジすることを思い立ったのです。小さな事務所を借りて、健康保険を使わない自費診療で、希望する患者を診るという取り組みです。
私が担当している患者のなかでも特に、「もっと長い診察時間を確保できれば、効果が高い援助ができる」と考えられる人に声を掛け、健康保険が効かないカウンセリング料を支払っても診察を受けたいと希望した人を対象にカウンセリングオフィスをオープンしたのです。
診療時間は、勤務先の病院で土曜午前の診察が終わったあとの、土曜の午後だけです。カウンセリングにかける時間は1回50分としました。
あくまでトライアルの段階であり、十分な診療ができないストレスをなんとかしたいという思いのほうが強かったので、家賃などの固定費をカバーできれば良しとして金額を設定しました。医師によるカウンセリングとしては破格の料金だったこともあり、1日5人の枠はあっという間に埋まりました。
カウンセリングオフィスの利用を提案するのは、治療上、時間をかけたカウンセリングが必要で、かつその効果が高いと期待される患者です。具体的には、現在のことであっても過去のことであっても、自分自身に起きたことを言葉にまとめていく作業に、一定の時間を要するケースです。
すなわち、患者の自己像(当院の診療モデルでは「アバター(分身)」と呼ぶ。以後、アバター)をともに作りこんでいく作業に時間を要するケースであるともいえます。
この作業を過去の自分に行う場合、トラウマのケアとなる場合が多いです。恐怖や怒り、情けなさなど、ネガティブで強烈な感情を引き起こした体験について、カウンセラーがその苦痛を一部引き受けつつサポートするなかで、言葉に紡いでいくわけです。過去の出来事に対して心に抱えている複雑な感情の塊が、現在の自分が抱える問題に影響しているということに、患者自身がまったく気づいていないことも多くあります。
患者の内面で何が起きているのかということを患者自身が理解できるように示すことは、治療として非常に高い効果があります。しかし、患者のアバターをともに生成し、患者に分かるように説明するにはある程度まとまった時間が必要なのです。