食料品分野こそ個人データの宝庫である
ほとんどの企業がコロナ禍で事業の中断を余儀なくされたが、このこと自体、2019年に業績好調ですでに大飛躍は時間の問題だったアマゾンというロケットの打ち上げ燃料になったのである。
その年、『エコノミスト』誌は「同社から発送された商品は、35億個。地球上の人類の2人に1人に販売した計算になる」と指摘している。また、日中は1億人以上がズームで会議を行い、夜も同じくらいの人々がネットフリックスで映画やドラマを楽しんでいるが、これをクラウド技術で支えているのが、アマゾンのクラウドコンピューティング部門であるアマゾンウェブサービス(AWS)である。こうしたビジネスも含めると、アマゾンの売り上げは2800億ドルに上る。
世界がパンデミックに突入すると、アメリカで1ドルが消費されるたびにその半分の約50セントがアマゾンに転がり込むようになっていた。オンラインでの商品検索のうち、約70%はアマゾンで発生している。この場合、ユーザーは自分がどの商品を探し求めているのか具体的にわからない状態で検索しているのだ。自分のほしいものがわかっている場合、約80%のユーザーがアマゾンで品定めを始める。
それだけでも大変なことだが、1億5000万人以上が有料会員サービス、アマゾンプライムの会員になっていることも付け加えておこう。プライムは、客寄せの役割だけでなく、迅速な配送や映像・音楽のストリーミング配信といった特典や付加価値でアマゾンのプラットフォーム全体でのユーザー囲い込みを強化している。また、プライム会員の購入額は、非会員の3.5倍に達する。
さらに、プライムは、アマゾンが収集するデータの中核をなすものでもあり、顧客のニーズや行動を分単位で読み解く鍵となっている。「商品検索をアマゾンから始めるユーザーの数では、日本が世界で一番多い」と明かすのは、日本でアマゾンのファッション事業責任者を務めるジェームズ・ピーターズだ。「その結果、消費者が何を求めているのか、良質なデータが手に入る」という。
つまり、アマゾンの検索バーの役割は、アマゾンの取扱商品を見つける手段にとどまらないのである。アマゾンにとっては、どんな商品を揃えればいいのか、リアルタイムに情報を吸い上げる市場調査ツールでもあるのだ。
単刀直入に言えば、アマゾンを小売業者と見るのをやめて、データ・技術・イノベーションの企業と捉えれば、一見わかりにくい戦略的な動きの多くが、完全に筋の通ったものであることがわかる。たとえば、2017年のホールフーズ(食料品スーパーマーケットチェーン)の買収はどうか。買収当時、多くの業界関係者は真意がつかめず、訝しがった。食料品分野にアマゾンの食指が動いたのはなぜか。そもそも過去の例から見て純利益率1%しか出せない分野である(誤植ではない。本当に1%である)。
私見では、食料品の価値うんぬんではなく、食料品販売が生み出すデータの価値にヒントがあるのだ。私の言わんとすることを理解していただくため、今度スーパーマーケットに行ったら、次のことを覚えておいてほしい。
レジ前で自分の列に並んでいる他の客のショッピングカートやカゴの中を注意して見てみよう。そこに入っている商品を見て、何かひらめくことはあるだろうか。ペットを飼っているかどうかわかるだろうか。子供はいるだろうか。健康意識の高い人か。料理好きか。それとも惣菜を好んで買っているだろうか。ブランド重視で商品を選んでいるか。それとも店のプライベートブランド(PB)商品を好んで買っているだろうか。こういう気づきがあるのではないだろうか。
食料品分野ほど個人や世帯のデータを如実に炙り出す分野はない。アマゾンのような企業には、こうしたデータの価値は、牛乳や卵を売って手にする微々たる儲けに比べたら、はるかに大きな価値がある。食料品分野の競合にとってアマゾンが危険な存在である本当の理由は、ここにある。