雇用情勢は改善、経済活動の本格回復による労働力不足の懸念も
雇用面でもコロナ禍の影響は大きく、完全離脱による変化が見えづらくなっている。足もとの雇用関連統計は、失業率の低下、就業者数の増加、求人数の増加、賃金上昇率の加速など、コロナ禍からの回復を裏付けるものとなっているが※、指標によって回復の度合いは異なる。
※高山武士「英国雇用関連統計(7月)-改善が続き、求人数は過去最高に」(ニッセイ基礎研究所『経済金融フラッシュ』2021年08月18日号)。
失業率は20年10~12月平均の5.2%でピークアウトし、21年4~6月平均は4.7%まで低下しているが、まだコロナ前(19年11月~20年1月平均)の4.0%を上回っている。就業者数は、21年1~3月平均の3,218.1万人まで減少した後、4~6月期は3,222.9万人に回復したが、コロナ前(20年1~3月期平均)の3,300万人に届いていない。
他方、経済活動の再開で一時的に強く押し上げられている指標もある。求人数は、21年5~7月平均が95.3万件とコロナ前(19年11月~20年1月)の81.3万件を超え、現行統計で最多の水準となった。未充足の求人数に対する常用労働者数の割合(欠員率)も全産業で3.2%と過去最高水準となったが、宿泊・飲食が5.2%、芸術・娯楽・レクリエーションが4.5%と、コロナ禍が直撃した業種で人手不足が目立つ。
賃金の伸びは、週平均賃金が21年4~6月期平均で前年同期比8.8%に加速している。英国国家統計局(ONS)によれば、前年同期にパンデミックの影響で、宿泊・飲食、小売りなど対面サービスなど低賃金の雇用が減少したこと※1や、一時帰休する従業員の給与を部分給付するコロナ対応の政策支援(CJRS)の利用者が増加した反動など特殊要因が押し上げている※2。
※1労働力調査(LFS)では、公共セクター、医療・ソーシャルワーカーの他、情報通信、金融・保険、専門サービスなどで就業者が増加し、製造業のほか、宿泊・飲食、建設、卸・小売り、運輸・倉庫等で減少している。平均賃金は、雇用が増加した情報通信、金融・保険、専門サービス等で高く、宿泊・飲食、小売り等は、賃金統計の24の業種分類で最も賃金が低いセクターである。なお、金融業は、表紙図表のとおり、PAYE・RTIに基づく集計ではLSFと異なり、増加している。
※2Gov. UK ‘Coronavirus Job Retention Scheme statistics: 29 July 2021 Updated 2 August 2021’によれば、20年3月に導入されたCJRSに基づく一時休業者(furlough)は、20年4月のピーク時には880万人に達し、20年6月末時点の682万人であったが、21年6月末時点(暫定値)では186万人まで減少している。
人手不足や、統計上の賃金上昇率の上振れは、時間の経過とともに緩和することが期待される。段階的に縮小してきたCJRSが、今年9月末に終了し、需給のミスマッチの解消も進むと見込まれるからだ。
だが、EUからの完全離脱が、雇用面でのコロナ禍の後遺症を増幅するリスクもある。完全離脱とともにEUとのヒトの移動の自由は終了し、英国では21年初から新たな移民制度が始動した※。
※新制度ではEU市民とそれ以外の外国人との区別がなくなり、ジョブ・オファー、適切な技能レベルの職業、必要水準の英語能力の必須要件(合計50ポイント)に加えて、年収、不足職業、学歴などの要件に適合し、合計70ポイントを上回ることが必要になる。但し、詳細はThe UK's points-based immigration system: policy statementをご参照下さい。
技能を重視するポイント制に基づく新制度の下では、低技能労働者への労働ビザは制限されるため、宿泊・飲食や運送業、食品加工業などの人手不足が深刻化するおそれがある。
政府は、人手不足回避策として産業界が求める低技能労働者対象の短期ビザ制度などには慎重な立場だ※。EUとのヒトの移動の自由の終了と新移民制度を、高賃金、高技能、生産性の高い経済への移行につなげたいと考えているからであり、産業界には、EUからの低賃金労働力依存を脱し、技術と自動化に投資し、新たな環境に適合するよう求めている。
※新制度の下でも、農業に従事する季節労働者に最大6カ月間の滞在を認める試験的枠組みの受け入れ枠を設定する緩和措置は設けられている。