1―はじめに
コロナ禍による格差拡大への懸念は、世界共通の課題として意識されつつある。世界に先駆けて景気回復が進んだ米国では、富裕層に対するキャピタルゲイン課税率を引き上げ、その徴収分を子育てや教育支援などに充てようという構想が議論されている。
日本では、コロナ感染の抑止という緊急課題への対応を未だ余儀なくされているが、その課題に目途が立つ頃には、生活困窮者向けの緊急支援策が、格差対応という長期的な対応に置き換わっていくものと思われる。これから実施される衆議院議員選挙では、格差是正に向けた「所得分配政策」が主要議題の1つになるだろう。
本稿では、コロナ禍で起きている所得格差の現状について整理し、倫理的な側面から語られることの多い格差問題について、経済学的な視点から捉え直し、所得格差が理論的にどのように解釈されているのかを読み解く。
2―「K字型」が示唆するもの
新型コロナウイルスの感染拡大に伴う影響は、濃淡をもって社会に広がっている。コロナ禍の今、観察できる格差は「資本市場と実体経済の回復格差」「実体経済における業種間格差」の2つがある。これらの事実は、個人の「所得格差」が拡大していく環境にあることを示唆している。
1.コロナ禍で見られる2つの格差
1つ目の「資本市場と実体経済の回復格差」は、景気反転局面で生じる資産効果による格差である。[図表1]は、日経平均株価と有効求人倍率の月次変化を見たものであるが、金融取引の行われる資本市場は4月頃には回復をはじめ、すでにコロナ前の水準を回復する一方、商品やサービスの生産販売に対して対価を支払う実体経済は、有効求人倍率の推移が示すとおり、依然コロナ前の水準とは距離が開いている。
これは、金融市場が先々の景気を先読みする性質を反映した動きであり、景気反転局面でよく見られる現象だ。コロナ禍においても、同様の事態が進行していることを示している。
2つ目の「実体経済における業種間格差」は、今般のコロナ禍特有の格差である。[図表2]は、2019年第1四半期の営業利益水準を100として、業種別に営業利益水準の変化を見たものである。感染拡大初期(2020年第2四半期)には、人流抑制があらゆる産業の経済活動を停滞させたが、ウイルスへの理解が進み、ワクチン接種も加速して来たことで、企業業績はコロナ以前の水準を回復しつつある。
ただ、業種別に見ると、置かれた状況には違いがある。海外経済の持ち直しを受けて製造業は業績が回復する一方、人の移動や対面サービスの提供が限られる輸送業やサービス業は、業績の回復が進んでいない。リーマンショックの際には、海外依存度の高い産業ほど影響を強く受けたが、今般のコロナ禍では、生活娯楽関連サービスへの影響が大きかったことを示している。
2.コロナ禍で見られる非対称な影響
これら2つの回復格差は、所得環境の差として個人に投影される。国税庁の「申告所得税標本調査」に基づく資料によると、合計所得額に占める金融所得の割合は、合計所得階級が上がるほど高い傾向にあり、高所得者層ほど景気回復局面での恩恵は大きいと言える[図表3]。
また、総務省の「労働力調査」からは、非正規雇用者比率の高い産業と、コロナ禍で影響を受けやすい産業が重なっていることが分かる[図表4]。非正規雇用者のうちおよそ7割は女性であり、2割程度を65歳以上の高齢者が占めている。職業能力形成機会が限られる非正規雇用者は、その大多数が未熟練労働者であり、相対的な所得は低くなっている。
今般のコロナ禍では、非正規雇用者など社会的に脆弱な層に打撃が及ぶ一方、資本市場の回復による恩恵の多くは高所得者層に及んだと考えられる。この状況に対して政府は、雇用調整助成金や緊急小口資金、総合支援金などの様々な対策を打ち出しており、ここで見られる回復格差ほどには、所得格差が拡大していない可能性はある。
しかし、所得階層で置かれた状況は真逆であり、「K字型」回復による2極化が所得格差を拡大させる方向にあることは、間違いないと言えるのではないだろうか。