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ならば、「お兄さん宅に引き取ってもらいたい」が…
一人暮らしのお兄さんと一緒に生活してもらうのは、難しいのでしょうか。
「大昔に二郎の結婚を反対して。そこから関係性が悪くなって」
兄の杉山さんが呟きます。
二郎さんが30歳になる頃、飲み屋で知り合った女性と結婚したいと言い出したのを、亡くなったお母さんが反対したのです。そこに加担して「お袋を悲しませるな」、そう言った杉山さんを二郎さんは恨み、以来、この50年以上絶縁状態になったとのこと。
結局その後も二郎さんは、独身のままでした。その恨みを、ずっと根に持っているようです。
「嫁もいなくなって、私も90近いから。もう自分自身も生きるのに精一杯。連帯保証人だから費用は出すけど、それ以外の協力は勘弁してください」
杉山さんのおっしゃることも分かります。これでお兄さん宅に引き取ってもらう線は消えました。やはり二郎さんを受け入れてくれる施設を探すしかなさそうです。
執行官は「転居先、見つけてあげてよ。頼むわな」。そう言って現場から立ち去りました。その後ろ姿を眺めつつ、家主もそして私も途方に暮れ、そして頭を抱えました。コミュニケーションが取りづらい二郎さんと、これからのことが話し合えるでしょうか。
二郎さんの目のことや年齢を考えると、もはや民間の賃貸住宅での生活ができないことは明らかです。お兄さんとの同居の線も消えてしまった今、高齢者の施設か、目の悪い人の施設しかありません。そんな都合よく、施設があるでしょうか。
役所の方も「こちらでも探してみますが、見つかるまでのサポートもしていきましょう」と提案してくれました。
まずは私も含め、関わる人たちが二郎さんと人間関係を作っていくしかありません。
二郎さんは自分から援助を求めるようなタイプではありません。人と関わりたくない、誰も信じない、とても攻撃的な印象でした。その壁を崩していかない限り、先が見えてこない気がしたのです。
関係者一同が施設を探しつつ、二郎さんと普通に話ができるようにアプローチすることからのスタートとなりました。
天気のいい日にお弁当を買って行き、「一緒に食べましょう」と部屋の外に連れ出そうとしても、二郎さんは頑なです。「桜の咲き終わった頃にならないと寒い」と部屋の戸すら開けてくれません。梅雨前に行っても、やっぱり態度は変わりません。3ヵ月以上かけても、二郎さんの態度が軟化することはありませんでした。
この間も二郎さんは部屋に籠もりっきり。夜にでも近くのコンビニに行っているのでしょうか。ちゃんとご飯は食べているのでしょうか。部屋前に置いて帰るお弁当は、次に行ったときには無くなっています。ちゃんと食べてくれているということでしょうか。ゴミは外に出している様子もなく、部屋にどんどん溜まっていっているのでしょうか。
早く何とかしなきゃ、焦る気持ちはあるものの、二郎さんの張り巡らした壁は高く固いままです。