(※写真はイメージです/PIXTA)

大阪の中心地に佇む築60年超の建物。家主は取り壊したいと考えていますが、唯一の入居者が退去を拒みます。83歳、生涯独身の杉山二郎さんです。頼れる身内は、連帯保証人である兄のみ。目を患っており、3年ほど家賃を払っていません。しかし高齢のため、強制執行は高確率で不能になると予想されます…。そこで家主たちは形だけ催告をし、調書をもって役所等へかけ合うことで転居先を探す、という方法を取ることにしました。OAG司法書士法人代表・太田垣章子氏が解説します。 ※本記事は、書籍『老後に住める家がない!』(ポプラ社)より一部を抜粋・編集したものです。

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    ならば、「お兄さん宅に引き取ってもらいたい」が…

    一人暮らしのお兄さんと一緒に生活してもらうのは、難しいのでしょうか。

     

    「大昔に二郎の結婚を反対して。そこから関係性が悪くなって」

     

    兄の杉山さんが呟きます。

     

    二郎さんが30歳になる頃、飲み屋で知り合った女性と結婚したいと言い出したのを、亡くなったお母さんが反対したのです。そこに加担して「お袋を悲しませるな」、そう言った杉山さんを二郎さんは恨み、以来、この50年以上絶縁状態になったとのこと。

     

    結局その後も二郎さんは、独身のままでした。その恨みを、ずっと根に持っているようです。

     

    「嫁もいなくなって、私も90近いから。もう自分自身も生きるのに精一杯。連帯保証人だから費用は出すけど、それ以外の協力は勘弁してください」

     

    杉山さんのおっしゃることも分かります。これでお兄さん宅に引き取ってもらう線は消えました。やはり二郎さんを受け入れてくれる施設を探すしかなさそうです。

     

    執行官は「転居先、見つけてあげてよ。頼むわな」。そう言って現場から立ち去りました。その後ろ姿を眺めつつ、家主もそして私も途方に暮れ、そして頭を抱えました。コミュニケーションが取りづらい二郎さんと、これからのことが話し合えるでしょうか。

     

    二郎さんの目のことや年齢を考えると、もはや民間の賃貸住宅での生活ができないことは明らかです。お兄さんとの同居の線も消えてしまった今、高齢者の施設か、目の悪い人の施設しかありません。そんな都合よく、施設があるでしょうか。

     

    役所の方も「こちらでも探してみますが、見つかるまでのサポートもしていきましょう」と提案してくれました。

     

    まずは私も含め、関わる人たちが二郎さんと人間関係を作っていくしかありません。

     

    二郎さんは自分から援助を求めるようなタイプではありません。人と関わりたくない、誰も信じない、とても攻撃的な印象でした。その壁を崩していかない限り、先が見えてこない気がしたのです。

     

    関係者一同が施設を探しつつ、二郎さんと普通に話ができるようにアプローチすることからのスタートとなりました。

     

    天気のいい日にお弁当を買って行き、「一緒に食べましょう」と部屋の外に連れ出そうとしても、二郎さんは頑なです。「桜の咲き終わった頃にならないと寒い」と部屋の戸すら開けてくれません。梅雨前に行っても、やっぱり態度は変わりません。3ヵ月以上かけても、二郎さんの態度が軟化することはありませんでした。

     

    この間も二郎さんは部屋に籠もりっきり。夜にでも近くのコンビニに行っているのでしょうか。ちゃんとご飯は食べているのでしょうか。部屋前に置いて帰るお弁当は、次に行ったときには無くなっています。ちゃんと食べてくれているということでしょうか。ゴミは外に出している様子もなく、部屋にどんどん溜まっていっているのでしょうか。

     

    早く何とかしなきゃ、焦る気持ちはあるものの、二郎さんの張り巡らした壁は高く固いままです。

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    老後に住める家がない!

    老後に住める家がない!

    太田垣 章子

    ポプラ社

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