大阪の中心地に佇む築60年超の建物。家主は取り壊したいと考えていますが、唯一の入居者が退去を拒みます。83歳、生涯独身の杉山二郎さんです。頼れる身内は、連帯保証人である兄のみ。目を患っており、3年ほど家賃を払っていません。しかし高齢のため、強制執行は高確率で不能になると予想されます…。そこで家主たちは形だけ催告をし、調書をもって役所等へかけ合うことで転居先を探す、という方法を取ることにしました。OAG司法書士法人代表・太田垣章子氏が解説します。 ※本記事は、書籍『老後に住める家がない!』(ポプラ社)より一部を抜粋・編集したものです。
1週間後、施設に入居した二郎さんを見に行くと…
1週間後、施設を見に行くと、二郎さんはとても元気でした。清潔な服を着て、髪の毛もきれいにカットされています。
日が当たる明るい部屋で、とても快適そうです。
「もっと早く来れば良かったわ」
二郎さんの穏やかな声を初めて聴きました。「もっと早く来れば」だなんて、今までのことを考えたらズッコケそうでしたが、笑顔とその言葉に救われました。同時に、涙が零れ落ちそうでした。
きっと目がどんどん見えなくなって、頼れる身内もいなくて、二郎さんも追い詰められていったのでしょう。お金しか頼れない、そう思って滞納を始めたのかもしれません。この時の二郎さんの心境は、今の私の年齢では想像でしか汲み取ってあげることはできません。ただこの笑顔が見られて、本当に良かった、心からそう思いました。
今回の案件は、たまたま施設が見つかったから良かったものの、このまま見つからないもしくは身内の身元保証人がいなくてはダメという状態が続けば、二郎さんが亡くなるか、入院するか等でないと明け渡しができなかったかもしれません。
今は地域包括支援センターや高齢者のサポートもいろいろありますが、必要な人に必要な情報が伝わっていない部分もあるかもしれません。現に二郎さんも、身体障害者手帳を持ちながら、サポートは受けていませんでした。
これからは家主がきちんとした知識を身につけることは、超高齢化社会で住まいを提供する上では欠かせないことかもしれません。
※本記事で紹介されている事例はすべて、個人が特定されないよう変更を加えており、名前は仮名となっています。
太田垣 章子
OAG司法書士法人代表 司法書士
OAG司法書士法人代表 司法書士
株式会社OAGライフサポート 代表取締役
30歳で、専業主婦から乳飲み子を抱えて離婚。シングルマザーとして6年にわたる極貧生活を経て、働きながら司法書士試験に合格。
登記以外に家主側の訴訟代理人として、延べ2500件以上の家賃滞納者の明け渡し訴訟手続きを受託してきた賃貸トラブル解決のパイオニア的存在。
トラブル解決の際は、常に現場へ足を運び、訴訟と並行して賃借人に寄り添ってきた。決して力で解決しようとせず滞納者の人生の仕切り直しをサポートするなど、多くの家主の信頼を得るだけでなく滞納者からも慕われる異色の司法書士でもある。
また、12年間「全国賃貸住宅新聞」に連載を持ち、特に「司法書士太田垣章子のチンタイ事件簿」は7年以上にわたって人気のコラムとなった。現在は「健美家」で連載中。
2021年よりYahoo!ニュースのオーサーとして寄稿。さらに、年間60回以上、計700回以上にわたって、家主および不動産管理会社向けに「賃貸トラブル対策」に関する講演も行う。貧困に苦しむ人を含め弱者に対して向ける目は、限りなく優しい。著書に『2000人の大家さんを救った司法書士が教える 賃貸トラブルを防ぐ・解決する安心ガイド』(日本実業出版社)、『家賃滞納という貧困』『老後に住める家がない!』(どちらもポプラ新書)がある。
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