「嫌いな自分になっていた」と話す児玉早紀さん(仮名)

35歳から始めた不妊治療がうまくいかないことに悩んでいた児玉早紀さん(仮名)。心身ともに苦しんだ2年間の末、医師からの意外な言葉で治療に終止符を打つことになります。今回は、そんな彼女が「子どもを諦める」という選択をするまでの2年間の苦悩と、医師とのやり取りについて語ってもらいました。

主治医の驚くべき言葉

「その頃確かに病んではいましたけど、病院ではあまり暗くならないように気を付けていたんです。主治医や看護師さんは私のために全力を尽くしてくれていましたし、暗い顔をして通院するのは失礼にあたると思っていたので……。

 

でもその日、主治医が私の顔をじっと見つめてこう言ったんです。『早紀さん、僕の目を見てください。早紀さんは本当に子どもが欲しいですか?』と。何を言い出すんだとびっくりしました」

 

子どもが欲しくて不妊クリニックに通う患者さんにかけるにはあまりにも心無い言葉のような……。

 

医師の本意は一体何なのか、早紀さんも分からなかったと言います。

 

「主治医は答えられない私に続けて言いました。『もちろん子どもが欲しいと言ってくれたら僕はこれまで通り全力で治療にあたります。ただ、いま一度確認させてください。旦那さんでもなく、他のご家族のだれでもなく、あなたは子どもが欲しいですか?』と。

 

私はすぐには答えられませんでした」

妊娠のことしか考えられない頭を捨てたかった

主治医からの思いがけない言葉に困惑しながら病院を後にした早紀さん。

 

その日、ずっと部屋に籠って考えていたそう……。

 

―――そうして思ったままの早紀さんの気持ちや考えを雅人さんに伝えたと言います。

 

「その数日後、どうするか主治医に伝えるために、夫と病院へ向かいました。私と夫が出した答えは、「子どもをあきらめる」というものでした。主治医に「子どもが欲しいのか」と聞かれた時、本当に思考停止したんです。子どもが欲しいかなんて、もう何年も考えていませんでしたから。ただ、子どもをつくらなきゃ、次こそは成功させなくては……とそればかりだったんですよね」

 

少し顔をゆがませながら話を続ける早紀さん。

 

「当時、通常の精神状態ではなかったので、治療から逃げるために「子どもがいなくても夫婦2人で幸せだ」と思い込もうとしていた可能性も十分あります。それにきっと治療をやめたことを後悔する日が来るだろうとも思っていました。
でももう、それでもいいやと、思ったんです。それでもいいから苦痛の日々から逃れたかった。妊娠のことしか考えられない頭を捨てたかったんです」

頭を下げる主治医が口にした言葉

早紀さんは、主治医にありのままを伝えました。主治医はじっと早紀さんの話を聞き、話し終えると、なんと2人に頭を下げたそう。

 

「『子どもを授けてあげられなくてすみませんでした。僕の力不足です。……でも早紀さんの本当の気持ちが聞けて良かったです。次に子どもが欲しいと思った時には、またいつでもいらしてください。その時にはまた全力で治療にあたりますから』そう言ってくれました。こんなに寄り添ってくれるお医者さんは初めてでした。毎日すごい数の患者さんを診ているわけですから、ひとりひとりの顔を覚えている余裕すらも本当はないでしょうに……」

苦しみとともに夫婦2人で生きていく

その後、不妊治療をやめたことを実家と義実家に伝えたそう。

 

すると、やっと終わったとホッとする気持ちと、子どもはもう授かれないのだという寂しさで、胸がいっぱいになったと話す早紀さん―――

 

「それでもとりあえず辛い治療から解放されて気持ちは楽になりました。そして、その翌年、実家の近くで美容室を開業したんです。夫婦2人で生きていくと決めたので、それからは休みの度にキャンプや旅行に出かけて楽しんでいます。もちろん、いまだに子どもを見ると少し胸につかえるものはあるし、あれでよかったのかと思うこともあります。

 

でも、そういった悩みや想いもずっと夫婦で分け合って生きていこうと思っています」

 

早紀さんは最初と同じ少し困った笑顔で、しかし力強く私に伝えてくれました。
 

 

※本記事で紹介されている事例はすべて、個人が特定されないよう変更を加えており、名前は仮名となっています。

 

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