高級ブランドは空港という成長市場を失った
かと思えば、ビデオ会議の限界を指摘する声もある。ビジネス関係者向けのプレゼンテーションを商売道具にしている私から見ると、ズームはパンデミック中であれば申し分ないものの、実際に使ってみた経験から完璧とは言い難い。さまざまな制約があるのだが、特に問題なのは、現場でプレゼンテーションをするのと違って、刻々と内容が変わるようなコンテンツを共有できないことや、会場の雰囲気をつかめないことである。
とはいえ、こうしたビデオ会議技術の大部分は揺籃期にあり、今後、大きく改善されていく点は理解しておきたい。たとえば、1980年代には、人目を憚るほど巨大な携帯電話を使っていたではないか。それが今では、スーパーコンピュータ並みの性能がポケットに入ってしまう。
市場あるところに投資と技術進歩あり、である。歴史に学ぶなら、ビデオ会議の技術が2年たっても今とほとんど同じで、制約も変わらないと考えるのは、どう見ても無理がある。
空の旅の大部分が出張旅行で、企業各社は出張の効率や経費を抜本的に見直している。かたや観光旅行に関しては、ウイルスに感染した患者がICU(集中治療室)で苦しそうにしているイメージが人々のトラウマになっていて、旅先選びや旅の頻度にますます慎重になっている。とすれば、小売業界にはどういう影響があるのか。
2018年、私が率いる企業、リテールプロフェットは、パリに本拠を置く企業のプロジェクトに関わっていた。この企業は、世界各地で空港の経営権獲得・改修・管理を手がけていた。
このプロジェクトで私たちに与えられた使命は、パリのシャルル・ド・ゴール空港、オルリー空港内の物販エリアを抜本的に刷新することだった。この手のプロジェクトに関わっていると、すぐに気づくことがある。空港の物販を生かすも殺すも、高級ブランドと免税店にかかっている点だ。
多くの高級ブランドにとって、空港での物販は、過去10年間、最も期待の持てる場となっていた。パンデミック前に実施されたある調査によれば、世界のトラベルリテール(旅行者向け販売事業)市場の規模は、「2025年までに1537億ドルに拡大し、その期間のCAGR(年平均成長率)は9.6%に達する見通し」だった。
これは、世界の小売業が約5%の成長率だった世の中で、驚異的な成長率だった。この成長率の大部分を支える空港販売事業の稼ぎ頭が、免税店だった。あるレポートによると、2018年の世界の空港免税店売り上げは前年比約9.5%増の760億ドルだった。
航空運賃の高騰に、飛行機の利用条件の大幅な厳格化という悪い状況に加えて、出張や観光でのフライトが減少する一方、ビデオ会議の技術はイノベーションが進んでいる。これでは、空港の販売事業がパンデミック前の全盛期と同じ水準に戻るまでには、相当長い期間が必要になる恐れがある。それまで高級ブランドにとっては、重要なビジネスの場を失うことになる。
ダグ・スティーブンス
小売コンサルタント