(※写真はイメージです/PIXTA)

古いアパートを取り壊すための立ち退き交渉には、残念ながらトラブルがつきものです。ここでは、家主、そして司法書士をも憔悴させた事例について、OAG司法書士法人代表・太田垣章子氏が解説します。 ※本記事は、書籍『老後に住める家がない!』(ポプラ社)より一部を抜粋・編集したものです。

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    「こんなことして。本当にいい死に方しないわよ」

    鍵の受け渡しは、同時に立ち退き料のお支払いの日でもあります。

     

    立ち退き料は振り込みではなく、現金で手渡して欲しいという張田さんの希望でした。私は家主のところからお金を預かり、物件に向かいます。今まで何回この道を歩いたでしょう。いつもと比べものにならないくらい、心は躍りました。

     

    私の手にはラッピングされたバスタオルがありました。張田さんの新しいお家で使って欲しかったのです。

     

    約束の時間より10分ほど前に行ったのですが、すでに張田さんは待っています。いつもの険しい顔の張田さんでした。

     

    「遅い」

     

    睨みつけるような目でした。鍵を開け、部屋の中の確認。そして書面を交わし、張田さんはお金を数えます。

     

    何ひとつ荷物が残されていない部屋。結婚してここに住み、お子さんが生まれ、そして家族構成も変わり、それでも人生の大半をこの部屋で過ごしたのです。いろいろな思い出が詰まった部屋なのでしょう。

     

    「お引っ越しで、お疲れが出ていらっしゃいませんか?」

     

    私は、張田さんの怒りスイッチを入れてしまったようです。

     

    「疲れてない訳ないでしょう。こんなにちゃんとしてきたのに、追い出すなんて家主もいい死に方しないわね」

     

    そこから延々と、いつもの2年前からの恨みつらみをぶつけられてしまいました。もうここまで来たのだから、お金もらって鍵返して、これで終わりでいいじゃないか、そう喉元まで出かかるのをぐっと抑えます。私は何とかこの重苦しい空気を変えたくて、持って行ったプレゼントを渡そうとしました。

     

    「これ良かったら、新居で使ってください」

     

    張田さんは、見向きもせず紙袋を押し返します。

     

    「バスタオルなんです。とても肌触りが良かったから」

     

    一瞬の沈黙の後、張田さんは、

     

    「いらないって言ってるでしょう。そもそもあなたは、司法書士なの? 証明しなさいよ」

     

    そう怒鳴りながら、私が出した身分証を写真に撮り、

     

    「こんなことして。本当にいい死に方しないわよ」

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    老後に住める家がない!

    老後に住める家がない!

    太田垣 章子

    ポプラ社

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