受託者の義務の基本は善管注意義務と忠実義務の2つ
信託法、信託業法は受益者と委託者を守るために受託者にさまざまな義務を課しています。項目は本連載の第2回でも簡単に紹介しましたが、主な内容についてここで詳しく説明しておきましょう。
信託法、信託業法の義務の中でも受託者の義務の基本となっている最も重要なものは、善管注意義務と忠実義務の2つです。受託者は、信託の目的に沿って事務を実際に遂行すべき存在ですから、信託の目的を実現するためには、受託者が信託の目的に従って誠実に信託事務を行うことが前提条件になります。そのため、この善管注意義務と忠実義務が定められているのです。
違反した場合、損失てん補責任・原状回復責任を負う
では、それぞれどのような内容を指しているかを見ていきましょう。
まず、善管注意義務とは、受託者が信託に関する事務を遂行するにあたり、「善良な管理者の注意をもって行うべき義務」をいい、また、忠実義務とは、「受託者が信託の目的のもと、受益者の利益のみのために行動する義務」のことを指します。
信託法では善管注意義務は29条で定められており、同条文は以下のような内容となっています。「受託者は、信託の本旨に従い、信託事務を処理しなければならない。受託者は、信託事務を処理するに当たっては、善良な管理者の注意をもって、これをしなければならない。ただし、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる注意をもって、これをするものとする。」
ここで出てくる善良な管理者の注意とは、民法400条をはじめ、取引に関する法令においてはしばしば登場する義務で、具体的には受託者の職業や社会的・経済的地位に応じて、取引上一般的に要求される程度の注意を尽くすことをいいます。
これより軽い注意義務が、自分の物を扱うと同等の注意を尽くすことであることを考えると、善管注意義務は非常に責任の重いものであることがわかります。特に受託者が弁護士、司法書士や信託銀行、信託会社といった専門知識を持ち合わせた存在だとすると、その専門家としての知見や通常要求されるであろうはずの注意を尽くして業務にあたらなければ、善管注意義務違反に問われることになります。万が一、善管注意義務に違反しているとされた場合には、損失てん補責任または原状回復責任を負うことになります。
なお、信託法上の善管注意義務は取り決めによって加減できる(信託法29条2項但書)ことには、注意が必要です。善管注意義務については信託業法も28条2項で定めていますが、こちらは信託法のように但書きがないことから、強行規定(当事者間に他の契約があったとしても優先的に適用され、これに反する特約の効力を認めない規定のこと)とみなされており、信託会社等の注意義務を軽減するような取り決めを結ぶことなどは絶対にできないものとなっています。それだけ、委託者、受益者は強く守られることになっているのです。
また、忠実義務については信託法30条で定められており、そこでは「受託者は、受益者のため忠実に信託事務の処理その他の行為をしなければならない。」とされています。この基本の上に他のさまざまな義務があるわけですが、それを分類したものが下記の図表です。
【図表 受託者の義務】
次回は、その他の義務について見ていきます。