「家賃滞納は普通の人が堕ちる破滅への入り口である。」……2500件以上の家賃滞納トラブルを解決してきた、OAG司法書士法人代表の太田垣章子氏。同氏は書籍『家賃滞納という貧困』(ポプラ社)のなかで、その悲惨な実態を明かしている。

強制退去が執行…父親に突き放された息子の末路

執行官は叫び、執行の現場は騒然としました。「警察」という言葉を聞いて、我に返った様子の哲郎さんからは、悪臭が漂っていました。背中まで伸びた髪の毛は何日も洗われていないようです。

 

部屋の中は、ゴミ屋敷のようでした。昼間からお酒を飲んでいたのか、テーブルの上にはビールの空き缶が並べられています。少し落ち着きを取り戻した哲郎さんに、執行官は執行手続きを説明します。ところが、哲郎さんは、「親父が払うから。いつまでに払えばいいの?」という言葉を繰り返すばかりでした。

 

執行官が部屋に公示書を貼り、期日までに部屋から退去するように伝えても、哲郎さんは最後まで「親父が払えばここに居られるんだろう?」と言い続けます。

 

1回目の催告の後、関係者が話し合いをしました。奇声を上げる、暴れるということで、近所から度々通報があり、哲郎さんは現場近くの警察ではよく知られた存在だったそうです。そこで話し合いには、警察の方にも入っていただきました。

 

垣間見る哲郎さんの姿は、とても経済活動ができるとは思えません。アルコール依存症の可能性は高く、精神も少し病んでいるかもしれません。とはいえ、病気だと断定できる状況でもなく、年齢的にも1カ月後の断行日には、やはり退去させるしかないという結論に至りました。

 

(写真はイメージです/PIXTA)
(写真はイメージです/PIXTA)

 

しかしながらこの状態で、哲郎さんは生きていけるのでしょうか。自身で生活保護の申請等ができるのでしょうか。役所へ相談に行けるのでしょうか。ここはご家族の助けが必要ではないか、そう思いました。

 

確かに哲郎さんは40歳を過ぎたいい大人です。血の繋がった親から、本人の問題だと切り捨てられても仕方がない年齢でしょう。ただ少なくとも今の哲郎さんを見る限り、ひとりで生活ができるとはとても思えません。何らかの支援は必ず必要なのです。

 

それでも結局、慎之介さんは、哲郎さんがご実家に戻ることを受け入れてくれませんでした。「世間体が悪い」。慎之介さんが何度も口にしたのはその言葉だけだったのです。

 

「約束通り、すべての費用は負担します。でもお金以外のことはできません」

 

そうなると、私たちにはどうすることもできません。いよいよ強制退去の断行の日。予め警察も待機して、手続きが始まりました。哲郎さんは、午前中にもかかわらず、またお酒を飲んでいるようでした。

 

前回同様暴れだしたので、警察の方が哲郎さんを部屋の外へ連れ出します。その間に荷物は、部屋から運び出されていきます。20年近く住んだ部屋には想像以上の量のゴミが溢れていました。

 

このゴミの中で、哲郎さんはどんな思いで生活していたのでしょうか……。結局、哲郎さんは身の回りの物だけを持って自転車で立ち去り、慎之介さんからは約束の金額がきちんと振り込まれてきました。

 

家主に依頼された家賃滞納の問題は、解決しました。けれども、私の心に残ったのは、なんとも後味の悪い複雑な思いだけでした。

 

※本記事で紹介されている事例はすべて、個人が特定されないよう変更を加えており、名前は仮名となっています。

 

太田垣 章子

OAG司法書士法人代表 司法書士

 

 

【関連記事】

■税務調査官「出身はどちらですか?」の真意…税務調査で“やり手の調査官”が聞いてくる「3つの質問」【税理士が解説】

 

■親が「総額3,000万円」を子・孫の口座にこっそり貯金…家族も知らないのに「税務署」には“バレる”ワケ【税理士が解説】

 

■恐ろしい…銀行が「100万円を定期預金しませんか」と言うワケ

 

■入所一時金が1000万円を超える…「介護破産」の闇を知る

 

■47都道府県「NHK受信料不払いランキング」東京・大阪・沖縄がワーストを爆走

 

家賃滞納という貧困

家賃滞納という貧困

太田垣 章子

ポプラ社

家賃滞納は普通の人が堕ちる破滅への入り口である。あなたも、明日陥るかもしれない!2200人以上の家賃滞納者と接した司法書士が明かす驚愕の実態!

人気記事ランキング

  • デイリー
  • 週間
  • 月間

メルマガ会員登録者の
ご案内

メルマガ会員限定記事をお読みいただける他、新着記事の一覧をメールで配信。カメハメハ倶楽部主催の各種セミナー案内等、知的武装をし、行動するための情報を厳選してお届けします。

メルマガ登録