「ぐじぐじ言いやがって」息子が渡した50万円を父は…
そうなると仕事に行く日は少なくなり、家計のほとんどを浩司さんが背負うことになりました。せめてその分、一郎さんが家事をすればよかったのでしょうが、なにせ今まで妻に一切を任せていた昭和の男。身体の不調を言い訳にして、重い腰を上げようとはしませんでした。
一方の浩司さんは40歳を目前にした管理職。まさに働き盛りです。しかしこの状況では結婚だって躊躇せざるを得ず、家計も背負い、家事もふたり分となれば、逃げだしたくなるのも当然でした。
結局、ふたりの生活は半年も続かず、浩司さんは家を出て行ってしまいました。
「そんなに昼間から飲むんだったら、好きにしろよ。俺、父さんの犠牲にはならないよ。この金で安い部屋に引越しして、生活保護受給したら生きていけるから」
机の上には50万円が置かれていました。
「俺だって好きで身体を壊したわけじゃないぞ。国民年金をかけてなかったのも、もっと働けると思っていたからじゃないか。今まで酒は飲んできたけど、博打をするわけでもなく、真面目に家族のために働いてきたんだ。それなのに幸子は、男つくって出て行きやがった。こんなことってあるか?」
「ちょっと昼間から酒飲んだからって、浩司もぐじぐじ言いやがって。男が洗濯物を干す? 飯作る? あり得ねえだろう。いったい誰のおかげでここまで大きくなったと思っているんだ。俺のおかげだろ?」
「親に向かって、文句言うなんて100年早いってんだ」
浩司さんが出て行ってからというもの、一郎さんのお酒の量は、ますます増えていきました。引越しや生活保護の申請など、生きていくための手段を講じることもなく、その月から家賃は滞納。50万円は、全てお酒に消えていきました。
同時に一郎さんの心は、少しずつ蝕まれていったのでしょう。先の見えない苛立ちからか、その矛先が家主の方に向きました。誰かに文句を言うことで、バランスをとっていたのかもしれません。
孤独感を一層募らせる静まりかえった夜中、誰かと繋がりたくて、誰かにこの苛立ちをぶつけたくて、毎晩のように家主に電話してしまいました。
「廊下が汚ねえんだよぉ」
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